技術力で福岡から全国そして世界市場へ(前)
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(株)冨士機
中性化固化改良工法を活用したエコロジーエンジニアリングの第一人者
(株)冨士機は、設立して44年目を迎える。藤田以和彦代表の通算業歴でいけば、半世紀近い年月となる。当初は生コンクリートのプラントの開発を行い、後にさまざまな開発に尽力。今なお技術開発に挑戦し続けている。その藤田代表の開発力の真骨頂が、『中性化固化改良工法』を生み出したことだ。同工法は、廃棄物として処分されてきた高含水の建設汚泥や浚渫泥土、軟弱土を中性化固化材と改質機を用いて、発生現場内で所定品質(第4種以上)の改良土へと瞬時に改質するもの。同工法が、建設業界で広く認知され、福岡はもとより東京・大阪、そして全国の至るところで、建設現場の規模の大小に関係なく受注があり、現場で成果を上げ続けている。
藤田代表は、生コンクリート製造プラントの開発からスタートさせた。ユーザーおよび建設業との関わりのなかで、現場における課題を聞くことで、「汚泥処理対策」の根本的解決が大きな課題だということが浮き彫りになった。建設汚泥処理に関しての最大の懸案事項は、(1)まず残土として認知させること、(2)現場で埋め戻せることである。つまり、汚泥処理が生じると必ず別の処理場所に運搬することが求められた。運搬コストの膨大さと交通渋滞という課題をどう解決させるかが、当時難題であった。
そのようななか、藤田代表が生み出したのは、現場処理工法である。工事現場で採集された汚泥を、現場で残土にできるプラントの開発は、比較的短期間で実現できた。一方で同社の最大の難関は、汚泥を中性土壌にして、残土という評価をもらえるか否かであった。同社は、プラントや機械の設計・開発ではどこに対しても勝るとも劣らないと自負していた。だが、固化材の研究開発は門外漢。藤田代表は全身全霊を捧げて各方面に足を運び、さまざまなめぐり合わせで、98年に中性化固化改良工法を開発。そして中性化固化材の生産・販売権を獲得した。これが、同社の躍進の原動力になった。「汚泥処理プラント」と「中性化固化材の結合」で、最強のビジネスモデルを誕生させたのである。
同工法は、(1)運送コストが圧縮可能、(2)処理汚泥を残土として活用できる―という難題をクリアし、逆にそれが最大の利点となった。2001年の福岡市営地下鉄工事にプラントが採用されたことを皮切りに、長崎県の津吹湖環境整備工事に同工法が採用された。そして05年、東京へ進出し、東京メトロ地下鉄13号線(副都心線)の建設工事における後方支援基地を開設。その建設工事で同工法が採用された。その結果、同社の技術力をはじめとしたソリューションの総合力が認められ、東京メトロのリサイクル工場内に礫泥水リサイクルプラントおよび泥分級破砕プラントを納入。11年に同社より流動化処理土製造の委託業務を受注し、業務を開始したのである。その間にも、大阪において阪神高速大和川線シールド工事に同工法が採用され、高い評価を受けた。
福岡・九州のみならず、日本の2大都市の東京・大阪から交通インフラの大型受注が獲得できるほど、業界内では高い技術力に裏付けされた信頼性が認められ、エコロジーエンジニアリングの第一人者として、全国にその名を轟かせ続けている。
(つづく)
<COMPANY INFORMATION>
代 表:藤田 以和彦
所在地:福岡市博多区博多駅東1-10-30
設 立:1972年9月
資本金:5,000万円
TEL:092-432-8510
URL: http://www.kk-fujiki.jp<プロフィール>
藤田 以和彦
1943年福岡県生まれ。福岡大学卒業後、実父経営の鉄工所に入社する。69年9月に事業を継承。72年9月に(株)冨士機鉄工(現・(株)冨士機)を設立し代表取締役に就任する。趣味は登山。法人名
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