米国、6・12米朝首脳会談を中止 韓国の「仲介外交」は蚊帳の外(後)
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トランプ米大統領が「6月12日の米朝首脳会談を中止する」と発表した。年初以来、北朝鮮の金正恩委員長のスタンドプレイを見守ってきた周辺国にとっては、予想された結末でもある。ここでは、朝鮮半島の過去と現在をめぐる21世紀の日本の立ち位置について考えてみたい。
最近、金永煥「韓国民主化から北朝鮮民主化へ」(新幹社)という本を読んだ。著者は1990年代の韓国学生運動のリーダーである。「主体思想派」と呼ばれ、北朝鮮の革命路線を高く評価していた。朝鮮労働党員の秘密党員になり、極秘裏に訪朝して金日成主席(当時)に二度も会った。
しかし、彼が実際に目にした北朝鮮は、金王朝の支配によって人民が飢え、弾圧されているという現実だった。彼は北朝鮮批判派に転じ、「北朝鮮民主化」のために邁進する人生を歩んだ。中国で活動中、公安当局に逮捕され、韓国安全企画部を上回る拷問を受けた。
彼が韓国で直面したのは「北朝鮮人権運動に参加する韓国の左派は、ほとんど現れなかった」という現実である。同書は韓国左翼の実態に疎い日本人には、恰好の参考書だ。北の指令によって動く韓国地下党の実態が、体験に基づいて記述されているからだ。
文在寅政権は北朝鮮の人権問題に言及しないまま、いまも金正恩との融和政策を促進する。韓国民主主義の王道が文在寅にあるのか、金永煥にあるのか。この本を一読すれば、正解は明徴であろう。
磯谷季次「良き日よ、来たれ」(花伝社)は、かつて朝鮮北部の工業都市・興南の朝鮮窒素肥料で労働者として働いた日本人の手記だ。磯谷は労組運動に加わり投獄された。戦後、彼を手伝って日本人引揚げに協力した朝鮮人は、労組活動の仲間だった。しかし、彼は後に金日成によって迫害され、自殺した。
「北朝鮮民主化への私の遺書」と副題がついた同書は、日本の朝鮮植民地体験を踏まえた良心の書である。
興南は敗戦後、日本人引揚げの悲劇の舞台になった。その5年後、金日成による朝鮮戦争が勃発し、中国が参戦すると、南への避難民が殺到した。朝鮮窒素肥料はその後「チッソ」に変身し、水俣病を引き起こした。
引揚げ、朝鮮戦争、水俣病のいずれも歴史的事実になったが、「北朝鮮民主化」は依然として達成されていない。金王朝の三代にわたる支配が、東アジアの安全と平和の脅威になっている。私たちは専制支配の歴史に終止符を打つべき時期にきている。
金正恩が言ったという。「我が国は敗戦国ではない」。その通りである。祖父の金日成がスターリン、毛沢東の同意を取り付けて、南侵戦争を始めたのが朝鮮戦争である。国連軍に押し戻されたが、中国軍の参戦によって休戦にこぎつけた。
その後、北朝鮮は何度も韓国大統領の殺害を図る一方、韓国艦船や韓国領土に攻撃を加え、自国の人民を飢えさせて収容所に綴じ込め、親族を殺害しながら政権を維持してきた王朝国家である。
「北朝鮮は敗戦国ではない」。金正恩が言ったセリフと同じ言葉を、日本のテレビで広言するコメンテーターを見て、空いた口が塞がらなかった。金正恩のラウドスピーカーの役割を、日本の一部メディアがはたしていると思うのは、私だけであろうか。
米国防総省の分析者が書いた「北朝鮮の交渉戦略」を参考にすれば、金正恩は第一段階(突然の平和攻勢で周囲をアッと言わせる)を経て、第二段階(交渉相手に難癖をつけながら、周囲の状況を有利にする)に入った矢先に、トランプから強烈な逆襲パンチを浴びせられた。第三ラウンドはこれからである。おそらく、この試合は第九ラウンドまで続くだろう。勝敗を決めるのは、双方の体力と国家生命である。
(了)
<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短大教授(マスメディア、現代韓国論)を歴任。現在、著述業(コリア、台湾、近現代日本史、映画など)。最新作は「忘却の引揚げ史〜泉靖一と二日市保養所」(弦書房、2017)。関連記事
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