現実を認めたがらない人たち(前)
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大さんのシニアリポート第72回
映画監督の是枝裕和氏がプロデュースした「十年 TEN YEARS」を観た。是枝氏が選んだ5人の新進監督が、「10年後の日本」を脚本制作したオムニバス作品である。
(1)『PLAN75』(監督:早川千絵)、(2)『いたずら同盟』(監督:木下雄介)、(3)『DATA』(監督:津野愛)、(4)『その空気は見えない』(監督:藤村明世)、(5)『美しい国』(監督:石川慶)の5作品。いずれ起きるだろう日本の近未来を描いていて、見応えのある作品となった。とくに、『PLAN75』には衝撃を受けた。『PLAN75』は、高齢社会を解決するため、75歳以上の高齢者に安楽死を奨励する国の制度である。将来に希望を見い出せない高齢者に、公務員の伊丹(川口覚)が死のプランを勧める。
「ただ、膏薬を貼るだけ。痛みも不安もありません。支度金として10万円差し上げます。好きなようにお使いください」という。10万円を受け取って笑顔を見せる高齢者。プランの対象は貧乏人。関係部署の課長はいう。「裕福な高齢者は、消費することで国に多大なる貢献が期待できる。貧乏な高齢者は、国の金を無駄遣いするだけだ」と。生産性の見込めない不要な高齢者を始末する政策である。衆議院議員・杉田水脈氏の「LGBTの人たちは生産性がない」発言と見事に合致する。
監督の早川氏はこの作品の制作意図を、「社会に蔓延する不寛容な空気に対する憤り。それがこの作品をつくる上での原動力でした。弱者に対する風あたりはますます強くなり、〝価値のある命〟と〝価値のない命〟という思想が、世の中にすでに生まれているような気がしてなりません。他者の痛みに鈍感な社会の行き着く先が、どのような様相を呈するか、『穏健なる提案』を映画で表現してみたいと思いました」と『十年』パンフレットで述べている。安楽死の国家的容認である。日本では安楽死も尊厳死も法制化されていない。平成26年11月4日の「朝日新聞」に、「末期がんで余命半年と宣告され、安楽死を予告していた米国人女性のブリタニア・メイナードさん(29)が1日、予告通り自らの死を選んだ。米オレゴン州の自宅のベッドで家族に囲まれ、医者から処方された薬を飲んで、安らかに息を引き取ったという」。安楽死が認められている国は、オランダ、スイス、ベルギーとアメリカの一部の州などで、まだまだ少ないのが現状だ。日本尊厳死協会発行のカードに「延命治療拒否」と記入しても、エンディングノートや遺言状にその旨を記入しても、担当医が殺人罪や自殺幇助罪などに問われては尻込みする。
実際、映画のように「不要な人間の合法的な処理」のために安楽死が容認されることはないと考えたい。ただ、国家主義を唱える人たち(生産性の認められない高齢者や障がい者は国家のためにならないと考える)のなかには、こうした考えを「個人の自由意志(希望)」というかたちにすり替えて実施するかもしれない。
映画『PLAN75』でも、「希望者」としているものの、国の「死のプラン」を最前線で勧誘する公務員の伊丹にも、やがてノルマが課せられてくるだろう。実際には2050年ごろを境に団塊の世代の高齢者も減り始め、必要とされているさまざまな施設も不要となるときが必ずくる。映画のような「安楽死計画」は実際にはありえないのだが…。一方で、国策としての「安楽死」を必要としない「死」が身近に迫っているにもかかわらず、それを認めたがらない人が存在することに驚かされた。みずから「孤独死」(緩慢な自殺)を選択する人たちのことである。場所は運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)でのこと。常連客2名が考えられない行動にでたのである。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。関連キーワード
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