2024年09月02日( 月 )

検察の、検察による、検察のための法律解釈―あきれた特別背任罪による再逮捕

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とんでもない公訴時効停止論

 公訴時効は公訴の提起によって(のみ)中断・停止する(刑事訴訟法第254条。以下刑事訴訟法を法という)

 しかし、世間では正確な法的知識のないマスコミによって俗説が広く流布されている。 それは「犯人が国外に逃亡中には時効は停止する」というものである。この俗説には極めて重大な前提条件が故意に省略されている。以下実際の条文を示して説明する。

刑事訴訟法
第二百五十五条
 犯人が国外にいる場合又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつた場合には、時効は、その国外にいる期間又は逃げ隠れている期間その進行を停止する。
○2 犯人が国外にいること又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつたことの証明に必要な事項は、裁判所の規則でこれを定める。

刑事訴訟法規則
(証明資料の差出・法第二百五十五条)
第百六十六条
  公訴を提起するについて、犯人が国外にいたこと又は犯人が逃げ隠れていたため有効に起訴状若しくは略式命令の謄本の送達ができなかつたことを証明する必要があるときは、検察官は、公訴の提起後、速やかにこれを証明すべき資料を裁判所に差し出さなければならない。但し、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を差し出してはならない。

 本条第1項だけを単独に読めば俗説が成り立つように見える。しかし、本条は公訴が提起されていること(少なくとも検察が公訴提起できたこと)を前提とした条文である。

 それは条文中に「起訴状の謄本の送達」という文言が存在することからも理解される。しかし、公訴を提起しても起訴状が被告人に到達しないため、結果、裁判は行われず、公訴は取り下げられる。しかし、この(公訴が取下げられた)場合でも公訴時効の中断力は発生する、という規定である。

 ゴーンの再逮捕の嫌疑である特別背任罪(特背:時効7年)の発生時は10年前の2008年であり、現在までにゴーンが特背で起訴された事実がないから、国内にいるかいないかは無論、逃げ隠れも関係ない。ただし、検察が被疑事実の存在を知ったのは今年である。

 しかるに、検察はゴーンが日本に滞在していない期間が現在までに相当あり、その海外滞在期間を差し引くと公訴時効は完成していないと主張しているとされる。
この論理は「犯人の国外滞在」が単独で時効停止要件となる極めて独善の解釈である。

 そもそも「犯人が国外にいる場合」とはゴーンのようにもともと国外に居住をもつ人間には適用されない。なぜなら、居住地だけで時効完成の利益が不平等に剥奪されるのであるから、基本的に外国人を差別し、外国に生活事業の根拠地をもつ日本人を不当に差別する不合理な規定となるからである。後半部の「逃げ隠れ」という文言からも、国外滞在が刑事処分手続から「逃げ隠れ」する目的のものに限定的に解釈されなければ不合理な規定となる。

 なお、念の為、公訴の提起がなければ、逃げ隠れしている間は当然、公訴時効は進行する。もちろん、「逃げ隠れ」が日本国内を逃げ隠れするのか海外を逃げ隠れするのかを区別する実益と現実性はまったくない。

またも保護法益を無視した検察の論理

 被疑事実に関し、ゴーンは会社に実害を与えていないと反論しているといわれる。特別背任罪の保護法益は会社財産であるから、検察は会社の損害を立証する必要がある。

 報道によれば、権利の付け替えは監督官庁の指導によって元に戻されたと言われ、ゴーンの懇意の会社への融資はそれが法的形式において不正がなく、債権として存在し、投下資本の回収に問題がなければ、何ら犯罪には当たらない。債権として回収不能が当初から予見可能であり、結果も発生した場合にのみ特別背任罪が成立する「可能性」がある。投資にリスクは当然であり、リスクとリターンの関係が明白に存在しない場合に特別背任罪が成立するとしなければ、不確定要素を本来的に含む事業経営は事実上不可能である。

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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