沈香する夜~葬儀社・夜間専属員の告白(1)
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私は葬儀社の夜勤専属の職員をしている。なぜ、この職に就いたのか。理由として「子どもの進学の為に収入を少しでも増やしたかった」「夜勤なら、昼は本業と兼業できる」ことが挙げられるが、何よりも自宅から歩いて通える場所に葬儀場があったことが大きかった。
これだ!と思い立った私は、ネットでその会館を検索し、電話で募集の有無を確認。運良く職員の空きがあり、同日には面接の約束を取り付けた。
話はそれるが履歴書の欄を埋めていく作業のなかで、学生時代の「昭和」と懸命に働いた「平成」と元号の移り変わりを感じ、きっと孫が生まれれば「昭和生まれの頑固ジジイ」などと軽口を叩かれるのだろうと思うとなぜか誇らしい思いにかられ、ほくそ笑んでしまった。
さて、面接当日。面接官は、この地域一帯の葬儀場を管理する支配人だった。無事に採用の内定をいただけたのだが、面接時に「貴方は葬儀社に勤めるのに嫌悪感はないのか」「ご家族は承諾しているのか」と何度も尋ねられ、なぜそのようなことを重ねて尋ねるのか違和感を覚えた。私にとっては葬儀も結婚式も同じ冠婚葬祭業で同様という意識があったからだ。
しかし後日、面接官の質問の意図を、友人たちの質問で理解することとなった。質問で一番多いのが「怖くないのか」、次いで多いのが怪奇現象、最後に御遺体の死後の変化に付いてであった。
私は死後の世界や心霊現象については懐疑派である。全否定はしないが、ほぼ毎日のように葬儀が行われ、宗派を問わずお坊さんや神主さん(正式には導師様と呼ぶのだが…)が、故人の魂を浄土へと導く為に、あり難いお経や祝詞をあげている、いわば神聖な場所が清浄でないはずがない、と思うのだが…
葬儀場には浮かばれない魂がさまよい、さまざまな怪奇現象を起こしており、御遺体は起き上がり声を出したりすると思っている人が結構いることにあきれてしまった。
あきれながらも、大切な友人たちの質問には真摯に答えることにしている。私の答えはこうだ。
まず、夜間に葬儀場に御遺体と一緒に1人で居る夜も多いが、怖くもないし怪奇現象もいまだ起こっていない。現在では、御自宅で息をひきとることはまれであり。御遺体が葬儀場に搬送されて来る時には、病院や緩和ケア施設などで相当の処置が為されているので死後硬直などで起き上がることも、声を出すことも、私は経験したことがないし、先輩方もそんな経験はしたことがないと口をそろえる。
ほとんどの怪奇現象には、科学的な根拠があり、証明できない事項については幻聴、幻覚の類いであるというのが私の持論だ。21世紀に突入し、平成も終わろうとしている、この時代にあっても、このような想像や質問、噂が囁かれていることに私は安堵を覚える。
それは、見えない、または見えないモノや死に対する恐怖、生に対する尊厳を彼らのたわいもない、好奇な質問から感じることができるからだ。
私は拝む宗派をもたないが、信仰心は他者より強い方だと思っている。畏敬のものへの想いをもつことで「己れが如何に不識で無力」であることに気付くきっかけとなるし、畏敬のものへの恐れをもたぬことは倫理の欠如につながると信じている。
モラルハザードなどという言葉も聞かれるが、道徳心も倫理感も畏敬のものの存在を皮膚感覚で感じ、恐れることができている間は社会は大丈夫だと信じることにしている。
今日も私は安居酒屋の片隅で、あきれるほど素朴で純粋な友人たちの好奇な質問に笑顔で答えている。たまには、怪談話的な脚色をまじえて。
(つづく)
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