2024年12月23日( 月 )

ベトナムで開催された米朝首脳会談の舞台裏を探る(中)

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国際政治経済学者 浜田 和幸 氏

 すると、トランプ大統領はベトナムを離れた夜のツイートで「北朝鮮と合意に至らなかった理由は議会でのマイケル・コーエン弁護士の証言が影響したからだ。大事な外交交渉の最中に、その努力をぶち壊すような議会証言をぶつけてきた民主党のやり方は最低のカードだ」と責任転嫁。米朝首脳会談がうまくいかなかった理由を自分の元弁護士のせいにするとは、あきれざるを得ない。これではアメリカの対北朝鮮政策は根無し草同然と言っても過言ではない。

 さらに追い打ちをかけるように、アメリカと韓国の政府は米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」と「ファウル・イーグル」の中止を発表した。これは朝鮮半島有事を想定して両国が長年継続してきたもので、こうした軍事演習の中止は万が一の緊急事態への対処が叶わぬという危機的状態をもたらしかねない。もちろん、金正恩委員長にとっては「願ってもないプレゼント」に他ならないのだが・・・。

 なぜトランプ大統領はそうした決断を下したのか。本人曰く「軍事演習は金がかかり過ぎる。毎回10億ドル以上もの出費は無駄だ。韓国がお金を出すなら継続してもいいとは思うが・・・。いずれにせよ、北朝鮮との緊張が低下しているのだから、これまでのようなお金を投入する必要はないはずだ」。とはいえ、実際の軍事演習にともなう費用は1回1,400万ドル程度である。どう考えてもトランプ大統領の頭には現実離れした数字が刷り込まれているようだ。

 問題なのは北朝鮮によるサイバー攻撃が引きも切らないという現実である。実は、ハノイで米朝首脳会談が開催されている最中にも、北朝鮮のサイバー部隊による欧米の金融機関やエネルギー企業100社以上から知財を収奪しようとする攻撃が展開されていた。主にターゲットとなったのはニューヨークとヒューストンのアメリカ企業である。

 もし金正恩委員長が本気でアメリカのトランプ大統領との間で合意文書に署名したいと考えていたなら、そのようなアメリカ企業へのサイバー攻撃を首脳会談の最中にぶつけてくるとは思えない。そうした「不都合な情報」をトランプ大統領にもたらしたのが対北朝鮮強硬派で先制攻撃論者のボルトン補佐官であった。ボルトン氏はことあるごとに「北朝鮮は信用できない。アメリカにとって最善の選択は空爆で北朝鮮を葬ることだ」と自説を披露する。

 同補佐官は首脳会談決裂後、アメリカのテレビ番組に出まくり、「トランプ大統領と自分は北朝鮮政策について考え方は違う。しかし、大統領に仕える立場である自分は大統領の考えに従う。北朝鮮と合意しなくて正解だった。悪い合意をするくらいなら、合意しない方がよっぽどましだ」と自説を説いて回った。

 要は、トランプ大統領が道を踏み外さないように、自分は最善を尽くしたというわけだ。しかも、首脳会談の2人きりで会うトランプ大統領と金正恩委員長がアメリカにとって不利な中身で合意するのではと懸念するホワイトハウスの同僚に対して、ボルトン補佐官は「大丈夫だ。心配無用。交渉は決裂するはずだから」と自信を見せていたという。

 注目すべきは、そうした北朝鮮との合意を御破算にしようとする動きがアメリカ政権内部に根強く蔓延っているという事実である。ポンペイオ国務長官に至っては事前協議のためにピョンヤンを何度も訪問していながら、「金正恩委員長が暗殺されても、誰が犯人かは聞かないでくれ」と平気で言い放つ有り様だった。

 前CIA長官のポンペイオ氏はCIAの暗殺リストをつぶさに知り得る立場にあったわけで、その物言いは「アメリカはその気になればいつでも金正恩を殺せる」という暗黙のメッセージに他ならない。それだけ、トランプ大統領の周りには「アンチ北朝鮮派」が多いのである。彼らはトランプ大統領が金正恩委員長との1対1の会談で北朝鮮への制裁解除などを約束しないように神経を使っていた。

 実際、トランプ大統領は北朝鮮への制裁の一部解除には前のめりであったという。ノーベル平和賞がぶらついていたのであろうか。「世界1のディールメーカー」と自画自賛して憚らないトランプ大統領の暴走をいかに食い止めるかがポンペイオ国務長官とボルトン補佐官の狙いであった。その狙いは北朝鮮のハッカーによるアメリカ企業へのサイバー攻撃という援軍のおかげもあってうまく行ったようだ。

(つづく)

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