沈香する夜~葬儀社・夜間専属員の告白(8)
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ご遺族が死亡の一報を受けた際、よく尋ねられる質問の1つに「本日中に通夜は行えますか?」というものがある。その問いに対する答えは「葬儀場としては可能です。お寺さんにお電話し、導師さまのご都合をお尋ねください」となる。
通夜や葬儀の日取りは喪家(ご遺族)とお寺さんとの話であり、現実は、お寺さんの都合に合わせることとなる。
以前も書いたが、近代化された葬儀場であれば、午前中に葬儀の打ち合せ、見積もり契約が完了すれば、その日のうちにどんな大がかりな通夜でも執り行うことができる。午後3時を過ぎていれば、その夜は仮通夜となる。
ある日の夜、仮通夜に駆け付けていたご遺族の館内に響き渡る怒号が聞こえてきた。葬儀場のロビーでは訃報を聞き、駆け付けた親族の方々が親族会議を開いていた。どうやら、怒号の矛先は遠方の親族のようだ。
その親族会議の議題は、まずは葬儀にかかる費用をどうするかというものだった。断っておくが、プライバシーを覗き見したのではない。聞きたくなくとも聞こえてくる程の声量での議論だったのだ。
通常、故人の銀行口座はすぐには凍結されないので、相続人らが「このお金は故人の葬儀費用に使います」などと銀行に申し出れば、名寄せなどの面倒な手続きをせずとも銀行は対応してくれる。
しかし、昨今は後の「相続トラブル」を避ける為に口座名義人の死亡を認知した時点で、該当口座を凍結するケースのほうが当たり前になってきている。つまりコンプライアンス的な観点による措置だ。
法や倫理は置いといて、現実は死亡届を出していても、本人のキャッシュカードがあれば銀行から自由にお金を引き出せる。ポイントは「銀行が口座名義人の死亡を認知」しているか否かである。
「実は父が早朝亡くなり、すぐに葬儀費用が必要になりましたので、300万円を引き出したいのですが」などと当然のように銀行の窓口で言うと「最低でも相続人の方々の了承(名寄せ)をお持ちください」とややこしいことになる。
私の親族間でも亡くなった叔父の兄妹間の親族会議に間に合わなかった遠方の親族が「分け前(相続分配)」を考え弁護士に相談し、本家周辺の方々の銀行に対し「口座名義人の死亡」を通知するという先手を打っていた。そのためATMでキャッシュカードが使用できない状態となり、その影響で親族会議が始まったのだ。
葬儀代は地域によってまちまちであるが、亡くなった叔父の地域では会葬者も多く、通夜振舞いも盛大に行うのが慣わしなので、故人の名誉と尊厳を守る為にも500万円程度が必要だった。要はこの500万円を叔父の兄妹で、どのように振り分けるかが、目下の課題となっていたのだ。
事態をのみ込んだ叔父の兄妹は当然、口座凍結を行った親族に対し憤り、電話を入れる。電話の相手は代理人を名乗る弁護士だった。弁護士は平然と「皆様方がお困りでしたら、葬儀費用は依頼人が建替えますし、その準備も終えております。御心配ありません」と語った。
叔父の兄妹は田舎に住む高齢者だ。目前の問題が解決したことに安堵し、葬儀の準備に取りかかった。「弁護士先生が言ってくれたから一安心じゃ」である。
しかし、その一安心も四十九日を待たずに始まる相続問題への序章であったことに後日皆が気づくことになった。相続はお金だけではない、個人が代々受け継いできた品々にも金銭的な価値とは別の思い入れがあるのだ。
高齢社会においては、誰もが何時でも相続人になり得る。よい相続を行うためには最初が肝心である。お金の問題に関しては、生前から故人への想いなどを親族間で伝えあっておくことも、よい相続を行うための方策のひとつである。
(つづく)
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