平成挽歌―いち雑誌編集者の懺悔録(6)
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今回書くのはカネにまつわる話だが、決して告発しようというのではない。いかに講談社という会社が今とは違って、すべてにおいておおらかだったかを示す証左として書いておこうと思ったのだ。
私など到底敵わない編集力や人間力を持った先輩たちがいた。筆頭は牧野武朗であろう。私が入社した時は週刊現代(以下週現)、月刊現代を統括する一局局長だった。
少年マガジンや週現を伸ばした辣腕編集者だったが、実際会ってみると、東京教育大(現・筑波大)出の気難しい校長先生のような人だった。
彼のこんな逸話が残っている。入社して牧野は、子ども向けの雑誌に配属された。毎日、出社する前に必ず幼稚園に寄り、ジッと園児たちの動きや興味のある対象は何かを見ていたというのだ。
このルーティンワークは、自分の結婚式の時も変わらなかった。紋付き袴姿で幼稚園に来ていつも通り園児たちを見ていたそうだ。
だが牧野は、私が入ってしばらくして講談社を辞めて、講談社と共同出資でマイヘルス社をつくり健康雑誌・壮快を創刊するのである。現在のように健康、健康と喧しいときではない。そんな時代にこれからは健康が重要なテーマになると見通していたのである。
それも週刊誌と同じザラ紙で泥臭い作りだったが、これが売れたのだ。その後、紅茶キノコ、サルノコシカケなどが話題になり、薬局まで作り健康食品などを売りまくった。自分の雑誌で宣伝して販売までしたのだから儲かった。千葉県だったと記憶しているが長者番付で上位に入ったことがあった。
この薬局は後に薬事法に問われて閉鎖した。当時は新聞でも報じられたと思う。
牧野が講談社にいた頃の話だったと記憶しているのだが、週現で「現代銘柄」という企画が大きな話題になったことがあったと、先輩から聞いたことがある。
月曜日発売の現代である銘柄を推奨する。その株が確実に値上がりするので、たちまち評判になった。これには裏があった。
現代と組んだ大手証券会社がその株を買ったり、客に推奨したりして値を上げていたのである。
まだそんなことができた“牧歌的な時代”であった。週現の編集部員の何人かは、木曜日の夜にゲラを手に入れ、金曜日にその株を買っていたそうだ。月曜日に上がったところで売り抜ける。私が週現に配属されたときは、そういう企画はなくなっていたが、今だったらインサイダーどころではないだろう。手が後ろに回る。
このことはたしか、作家の清水一行が小説に書いていたはずだ。
おおらかといえば、月刊誌の編集長になった人間が、カネに困ったため、編集部員の名前で出張申請を出し、そのカネを自分のものにしていたことが発覚したことがあった。
この編集長、申請したが清算をしなかったのである。経理から「出張精算をしろ」といわれた部員が、オレは行ってないと調べてみたら、彼の名前で出張旅費が出ていて、編集長の印が押してあった。頭にきたそいつは編集長を問い詰め、自白させたが、何と何十件も出てきたそうである。
だが講談社というのはおおらかなところだから、編集長は更迭されたが、首にはならず子会社へ飛ばされただけだった。
週現では、ライターを紹介する編集プロダクションを作っていた古株の編集者もいた。そこから派遣されてきたライターには多めに原稿料を切り、自分にキックバックさせるのである。
このやり方は、編集長でもやっているのがいたそうだ。それがなぜわかったかというと、私が編集長になる時、編プロの社長が、「元木さんもトンネル会社をつくらないか」といってきたからだった。
何々編集長は、編プロ・トンネル会社を作っていて、そこに入る原稿料の半分をキックバックさせていたというのである。私は気を悪くさせないよう丁寧に辞退申し上げた。
先の古株編集者も件の編集長も、それ以外のこともあって会社から追い出された。
これも聞いた話だが、某局長は、飲食代を領収書で請求し、だいぶ経ってから、今度はクレジットカードの支払い記録で、もう一度請求していたという。経理で突き合わせてみればすぐに分かると思うのだが、今のようにデジタル化されていなかったから、なかなかわからなかったらしい。この局長も、色々あって首になったが、度胸のある人であった。
先にも書いたように、取材目的で人と会って飲み食いすれば、領収書で請求できる。だがときには、名前を出すとまずい人間や、ライター、同僚などと呑んだ時は、違う人間といたことにして請求することがある。
経理の人間が時々、そこに書かれている人間に電話することがあった。私がカネを使い過ぎると思われていたこともあったのだろう、「あなたは何月何日、元木と食事をしたか」と相手に電話をして聞くのだ。
そこで件の人間が、「その日は元木とは会っていない」といおうものなら、経理から呼び出され、厳しい叱責を受けることになる。
ある時、ノンフィクション・ライターの本田靖春さんから電話がかかってきた。本田さんに経理の人間が電話をしてきて、何月何日、元木と会食をしたかと聞いたそうだ。
本田さんはこう一喝したという。
「その日誰と会っていたかを君に話す必要はない。君は、同じ会社の人間を信用することができないのか。そんな不愉快なことを聞いて回るんじゃない」
そういっといたからと、電話口で本田さんは笑っていた。もちろん、私が経理に談じ込んだこというまでもない。
おカネの話ばかりで恐縮だが、私の先輩で優秀な芸能編集者がいた。彼はヤングレディという週刊誌から週現に移ってきて、たしか副編集長だった。
ある夜、エレベーターから可愛い女性が出てきた。誰かを探している風なので、私が声をかけた。「○○さんにお弁当を届けに来たんです」という。件の副編集長だったがあいにく外出していた。私が受け取っておいて後で渡しましょうというと、ぺこりと頭を下げて帰って行った。まだ十代の関根恵子だった。噂は聞いていたが、当人が現れるとは思わなかった。羨ましかったな。
この副編集長、酒はほとんど飲まないのに、銀座のクラブが大好きだった。銀座を何軒か回ると必ず会った。時にはハイヤーで送ってもらったこともあった。
だが、この人、精算ができない人だった。後に聞いた話によると、銀座のツケだけで1,500万円程あったという。仕事で行ったのだから清算すればいいのにといったが、そのうちにとやる気配がなかった。ついには、銀座のクラブからの矢の催促で、会社も庇いきれなくなった。退職金で精算することになったが、それでは足りなかったと聞いている。
惜しい人だったが、本人は辞めてもなんとかなると考えたのだろう。時々噂は聞いたが、表舞台に出てくることはなかった。
おカネの話のついででいえば、週現に移った翌年だったと思うが、作家の山口瞳さんの「競馬真剣勝負」という連載を1年続けたことがあった。毎週土、日、競馬場にゲストを呼んで、1日3万円、2日で6万円を軍資金として、馬券を実際に買って勝負をしてもらうのである。
当時の大卒の平均初任給が8万円ぐらいの時だから、週6万円、月に24万円というのは大金である。それに、馬券が当たればカネが増えるのだから、こんなおいしい話はない。大川慶次郎、大橋巨泉、寺山修司など錚々たる人たちが出てくれた。
週現には棋譜ならぬ馬券譜を掲載し、山口さんにエッセイを書いてもらった。大変評判になったが、競馬は難しい。特に山口さんは、毎回オケラ街道をとぼとぼと帰ることが多かった。
連載が終わり、打ち上げで、山口さんから高価な懐中時計をもらった。これを単行本にしましょうというと、始めは快く了解してくれた。だがしばらく経つと、考えたが本にするのはやめたいといい出したのだ。たぶん、山口さんの連載で単行本化されていないのは、あの連載だけのはずである。
それから日が経って、経理から呼び出された。税務署が来て、山口さんに渡した週3万円の馬券代に課税したいといっているというのである。この連中、競馬などやったことがないらしい。
そこで、すべての連載のコピーを渡して、これを見てから後日、話し合いましょうといった。
しばらくして件の税務署員が再び社に来た。どうでしたかと聞くと、「いや~、競馬があんなに当たらないものだとは知りませんでした」とあきれ顔でいって、帰って行った。
平成2年、私の人生を一変させる人事が行われるのだが、それは次回のお楽しみ。
(文中一部敬称略=続く)
<プロフィール>
元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長・社長。
現在は『インターネット報道協会』代表理事。元上智大学、明治学院大学、大正大学などで非常勤講師。
主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。連載
□J-CASTの元木昌彦の深読み週刊誌
□プレジデント・オンライン
□『エルネオス』メディアを考える旅
□『マガジンX』元木昌彦の一刀両断
□日刊サイゾー「元木昌彦の『週刊誌スクープ大賞』」【平成挽歌―いち雑誌編集者の懺悔録】の記事一覧
・平成挽歌―いち雑誌編集者の懺悔録(5)(2019年06月04日)
・平成挽歌―いち雑誌編集者の懺悔録(4)(2019年05月29日)
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