許永中『海峡に立つ 泥と血の我が半生』を読む~セゾングループの堤清二に対する憤怒を赤裸々に綴る(前)
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「戦後最大のフィクサー」と呼ばれた男、許永中の自伝『海峡に立つ 泥と血の我が半生』(小学館、税別定価1,600円)を読んだ。手を結び、裏切られた政治家、経営者、暴力団、同和、在日の魑魅魍魎たち。セゾングループの堤清二に対する憤怒が、初めて明かされた。
堤清二が語らなかった、イトマン事件の発端「ピサ事件」
西武百貨店を核に、西友、パルコ、ファミリーマート、良品計画などを擁するセゾングループがなぜ、あっけなく崩壊したのか。永年の疑問だった。
グループの総帥、堤清二が唐突に引退したことが崩壊の引き金になった。堤の引退はイトマン事件が一因と言われたが、真相は不明のままだ。
「戦後最大の経済事件」と呼ばれたイトマン事件は1989年11月、首都高速を走行中のイトマン社長、河村良彦にかかってきた一本の自動車電話から始まる。電話の主は黒川園子。“住友の天皇”と称される住友銀行会長、磯田一郎の長女。
セゾングループの堤清二は、東京プリンスホテルの地階に高級美術品・宝飾品の販売店「ピサ」をつくった。磯田が堤に頼み込んで、園子はピサの契約社員として入社した。その園子の相談に乗ったのが、“磯田の番頭”を自任していた河村だ。
「ピサが買い付けを予定しているロートレック・コレクションの絵画類があるんです。イトマンさんに買っていただけませんか」
黒川園子からの一本の電話が、闇の仕掛け人たちが、イトマン、住友銀行に駆け上がっていく、きっかけになった。
河村から話を持ち込まれた伊藤寿永光は、許永中につないだ。許はピサからイトマンを介して、ロートレック・コレクションを買い入れることを引き受けた。
許永中の美術館用ということで、イトマンはピサから4回にわたって絵画128億円を買った。イトマンは許永中が絡む会社から、絵画・骨董品676億円を買い受けた。これら美術品は西武百貨店塚新店の鑑定評価書の偽造が行われ、市価の2~3倍の法外な値段だった。これらが不良債権となり、イトマンが破綻する一因となった。
これら絵画の取引の実態はどうなっていたのか。当時から大きな謎だった。
堤清二は、詩人・小説家の辻井喬として自伝的作品が多いが、ついぞ、書かれなかったテーマが、セゾングループのピサが発火点となったイトマン事件との関わりだ。堤はピサ事件について語ることはなかった。墓場までもっていったのだろう。
許永中は、なぜ、セゾングループを標的にしたのか。自伝を読んで合点がいった。堤清二の「裏切り」についての憤怒がほとばしっており、そんなことがあったのか、と初めて知った。
買い占められた京都銀行株の買い戻しを請け負う
イトマン事件の前、許永中は京都にいた。京都新聞社と民放テレビ局「KBS京都」のお家騒動に介入した。89年6月、超大物フィクサーとして知られる福本邦雄がKBS京都の社長に就いた。福本は、竹下登首相の女婿の内藤武宣を同社の常務に就任させた。
88年7月、京都銀行株が、“マチ金の帝王”と呼ばれたアイチなどに買い占められたため、福本は買い戻しに動く。福本は、許永中に買い戻しを頼む。
白眉は、セゾンの堤清二が買おうとしたこと。福本の事務所で、許永中は西武百貨店社長の山崎光雄を紹介された。福本は、こう切り出した。
「堤と僕とは学生時代からの仲間でね。読売の渡邉恒雄も、日本テレビの氏家齊一郎もみんなそうなんだ」。福本邦雄は、戦前の日本共産党の理論的指導者だった福本和夫の長男。戦後、福本、堤、渡邉、氏家は東大の学生細胞の同志だ。
「堤清二がどうしても京都銀行の主になりたいと言うんだ」
「銀行の頭取にですか?」
「いや、銀行の経営者になりたくないらしい。本人は文学者気取りだから、金貸しを卑下していてな。まぁ、君臨すれども統治せず。大株主になって、オーナーとしての立場になりたいということだよ」
福本さんの話が続く。
「世間では清二のことを好き勝手に言うが、彼は純粋な文学者なんだ。正直、事業家には向いていないんだ」
「京都銀行のオーナーになれたら、百貨店などの現場から手を引いて、物書きに専念するということですか?」
「まぁ、そういうことかな。(中略)」
「わかりました。さっそく京都銀行のトップに話をします。天下の堤さんがオーナーになるのをイヤがることはないと思います」
許永中は、西武百貨店の山崎社長を窓口にして、京都銀行株式の大株主に堤を立てるという話を引き受けた。話はトントン拍子でまとまった。
(文中敬称略、続く)
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