2024年11月24日( 日 )

雅楽を生で聴いた人、いますか?(前)

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大さんのシニアリポート 第81回

 芝祐靖(しばすけやす)という名前をご存じの方はかなりの日本伝統音楽、それも雅楽に通じている方とお見受けしたい。運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の常連に、「雅楽を聴いたことある?」と聞くと、「『越天楽』なら知っている」というのはまだいい方で、「雅楽」という言葉さえ知らない常連が多い。一般市民が雅楽の生演奏を聴く機会はほとんどない。「雅楽」→「宮内庁」→「国の祝典」→「宮中で演奏する」というイメージが強い。

 一方で、東儀秀樹の篳篥(ひちりき:雅楽の楽器の1つ)で、現代風にアレンジされた音楽を聴いた人は少なくないはずだ。宮田まゆみ(笙:しょう)の演奏も同じ。意外に身近なのに「雅楽」としての音楽を耳にする機会はほとんどない。

 芝さんと知己を得たのは、私が学習研究社という出版社で、「ミュージック・エコー」というジュニアの音楽(主にクラシック)雑誌に編集者として関わっていたときである。20代後半だっただろうか。多分「日本の伝統楽器」という企画を任されたとき、「雅楽の楽器も入れるべきだ」と主張し、いきなり宮内庁楽部に連絡。

 実際に楽部に保管されている楽器の撮影にも快く協力してくれたのが、30代半ばの若い芝さんだった。原稿もお願いした気がする。それから40年以上賀状だけのお付き合いをさせていただいたが、実に誠実な人という印象を強く持つ。その芝さんが今年7月5日に83歳で逝去された。

 芝さんとの出会い以降、私は世界の民族音楽や伝統楽器の企画のときは必ず担当を任された。小泉文夫(世界民俗音楽学者、当時芸大音楽学部教授)を知ったのも芝さんとの企画がきっかけとなった。さらに作曲家の林光もそうだ。林光は当時著名な作曲家の1人で、合唱曲から室内楽、シンフォニーまで幅広いジャンルで活躍していた。とくに日本の映画音楽には数多くの作品を残した。台詞のない『裸の島』(昭和35年、監督:新藤兼人、主演:乙羽信子)では、第2回モスクワ映画祭作曲賞を授与している。

 「日本の伝統音楽を中高生にわかりやすく書いて欲しい」と、現役バリバリの人気作曲家に無謀にも原稿を依頼した。タイトルは「わたしの日本音楽史」(「わたし」とは林光。タイトルはふたりで決めた。後日、晶文社から同名で出版)。毎月2回(原稿内容の検討と受け取り)、井の頭線池ノ上駅を降りて自宅へうかがうのを無性の楽しみとした。失礼な表現なのだが、なぜか若い私と馬が合った。受け取る原稿には、「全学連」「新宿フォークゲリラ」から「トロツキー」(ロシアの革命家、スターリンに敗れる)という刺激的な言葉が数多く出てくる。時代の権力者を遠慮なく皮肉る。

 学研は「私設文部省」と揶揄されていた出版社で、私は編集総務(雑誌等の内容を検閲する部署)のN部長にたびたび呼び出され、そのたびに始末書を書かされた。私は喜んで書いた。林光のためなら何でもやる気分でいた。当然ボーナスや昇給にも大きく影響した。編集長に対し、「連載中止勧告」も出ていたらしい。T編集長は拒否を貫いたと後で知った。

 連載のなかに「雅楽」のことがでてくる。「雅楽が隆盛を誇ったのは、平安時代のある時期までで、以後次第に衰退していく。なぜか。理由の第一は、宮廷が落ちぶれていったことだろう。古代国家では、天皇家=宮廷は、ともかくも日本の主(ぬし)だった。古代『文化国家』のシンボルとなる、オーケストラとバレエ団は、だから国家のカネで維持された。都が京に移り、年月が経つうち、やがて日本の主(ぬし)の座は、べつのところに移っていくようになる。そのうつりかたは実に巧妙で、まさしく日本的だった。

 つまり、名目上の主(ぬし)には、今まで通りに天皇のあとつぎが立つ。だが立つとはいっても、実は自分の足で立っているのではなく、実質的な主(ぬし)とその一統が下からかつぎ上げているのを、遠くから見ると、自分で立っているように見えるだけのはなしである。古代国家の完成以後は、それまでの朝鮮にかわって、なにごとにつけても中国のやりかたを真似していったが、これだけは、日本独特のやり方で、以後現在まで続いてしまった。(いまでも続いている。完璧に。)」

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

(後)

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