小橋総合法律事務所 弁護士 小橋 弘房 氏

本コメントはあくまで令和元年9月20日の朝日新聞記載の判決要旨を参照したものです。
この判決は、業務上過失致死罪の成立に必要な予見可能性の有無が最大の焦点と思われます。
過失致死罪における予見可能性というのは、人が死に至るような過程および結果が予測できたかどうかということです。
そして、この予見可能性を前提に、そのような重大な結果を予見する義務である予見義務、結果を回避する義務である結果回避義務が認められることになります。
この判決では、専門家による意見も踏まえて最大15.7mもの津波があり得るとの計算結果が出たこと、869年の貞観地震についても被告人らは知っていたことなどは認定されたようです。
しかし、判決は15.7mの津波の計算結果について、具体的な根拠が示されていないことなどを挙げ、被告人らに予見義務および具体的な対策を取るまでの結果回避義務を課すことはできないと判断してます。
本判決では、原子力発電所の運営において、この予見義務と結果回避義務がどのレベルまで課せられるかが非常に重要です。
本判決は、原子力安全委員会の指針が、必ずしも地震や津波によって施設の安全機能が損なわれる可能性が皆無、もしくは皆無に限りなく近いことまで要求しているわけではなかったことなどから、極めて高度の安全性までは求められておらず、合理的に予測される自然災害を想定した安全性の確保で足りると判断しており、その結果、極めて高度な予見義務や結果回避義務を課されてはいないと判断しているようです。
しかし、この判決は一方で、原子力発電所の事故が極めて重大な事故になること、津波の予測に限界があることも挙げています。
そうすると、予測が難しい自然災害で極めて重大な事故が生じうる原子力発電所の運用については、極めて高度な予見義務が課せられるべきではないかとも考えられます。
すなわち、重大な事故が起こり得る施設を運営する以上、さまざまな自然災害についても、最悪の状況を考える必要があり、極めて高度な予見義務と、それに応じた結果回避義務があるのではないかとも考えられるのです。
本判決は、刑事裁判ですので、被告人の過失の認定に関わる予測可能性や予見義務、結果回避義務について、検察役の指定弁護士側に厳格な立証責任を課していることもあって、このような結果になったという面はあると思います。
しかし、極めて重大な事故が発生しうる原子力発電所の運用において、課せられる注意義務はもっと高かったというべきではないかとの判断は十分あり得ると考えられます。
そのため、指定弁護士による控訴が予測されますし、控訴審でさらに争われるべきではないかと思います。