2024年11月24日( 日 )

「減薬・偽薬」のススメ(前)

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大さんのシニアリポート 第82回 

 薬を飲むことが常態化すると、何のために薬を飲むのかを失念してしまう高齢者が多い。運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の常連も例外ではない。「先生が出してくれるから飲んでいる」「飲まないと不安」というのが通常の会話で聞かれる答だ。「薬の名前は?」と聞いてもまともに答えられる常連は皆無である。

 実際、その薬が効いているのかどうか、疑わしい人も少なくない。「あっちが痛い、こっちの調子が悪い」といいつつ、疑いもせずに薬を飲み続ける。高齢者の薬、それ全部必要ですか?

 9月11日の朝日新聞朝刊に、「副作用と気づかず新たに処方…増える一方」というサブタイトルで、神奈川県にある有料老人ホームに暮らす80代の女性のことを報じている。彼女は認知症をはじめ、脳梗塞、過活動膀胱を抱える。症状を担当医に訴えるたびに薬が増え、最高18種類の薬が処方されたという。症状は一向に改善しない。そこで施設の薬剤師Mさんの提案で1年かけ、10種類までに減らした。

 すると、日中はベッドから降りて起き上がれるようになり、食事も入所仲間と一緒にとれるようになったというのだ。この施設では医師の診療に薬剤師も立ち会い、「減薬」に努めた結果、約120人の入所者に対し、4年間で約200種類の薬を減らした。薬剤師は「症状が出た時だけのむべき対処療法の薬をのみ続け、副作用を起こすことが少なくない」と話した。

何がアルツハイマーをつくるのか?

 「ぐるり」の常連だった中井要蔵(仮名)さんが医者に重度の認知症と判断され、抗認知症薬のアリセプトの服用を勧められた。アリセプトの副作用は下痢である。高齢者の場合、消化器官の機能低下による脱水症状と食欲不振のため、著しく体調を壊す場合が少なくない。不吉な予感は的中した。数日後中井家を訪ねると、憔悴しきった中井さんがいた。トイレまでの廊下が失禁で濡れ、食欲がないまま体力が落ち、寝たきり寸前の状態だった。間違いなくアリセプトの後遺症だ。(このあたりは拙著「『親を棄てる子どもたち』平凡社新書」に詳しい)

 『認知症をつくっているのは誰なのか』(村瀬孝生・東田勉 SB新書 2016年)のなかで、「医学界と製薬会社が認知症をつくっている」「厚生労働省のキャンペーンが認知症をつくっている」「介護を知らない介護現場が認知症をつくっている」「老人に自己決定させない家族が認知症をつくっている」と現行介護制度を徹底的に非難し、「『とりあえずアリセプト』が常態化した認知症医療」を痛烈に皮肉る。

 最近になってようやく医学界が重い腰を上げた。日本精神科病院協会が、「重度のアルツハイマー型認知症患者を対象に、抗認知症薬の適正使用手順書」を作成したと朝日新聞(2019年9月21日夕刊)紙上で報じている。「不整脈や嘔吐といった副作用が重い場合は家族に十分説明しつつ薬を減量・中止する」「効果が疑わしい場合にも同様」を検討するとした。

 「アリセプトなどの抗認知症薬は、症状に進行を遅らせるものの、病気自体はくい止められない。効くかどうかは個人差が大きく、全般的にみると治療として意味があるレベルには達していないともいわれる」(編集委員・田村健二)と締めくくる。ようやくここまできた。世間の批判を無視できなくなってきたのだろう。

 前出の『認知症をつくっているのは誰なのか』に出てくる「国と医学界と製薬会社の思わく(出来レース)」と勘ぐられても仕方がない。現場の医者は「とりあえずアリセプト」と揶揄されるように、薬ならじゃんじゃん出す。「製薬会社のため」ともいえるだろうし、薬局からのバックペイがあるとの噂も絶えない。受け取る患者も「薬が多いと安心する」という思いが強く、担当医に薬を出すことを強要する。

 逆に、薬の効能について説明を求めることはしない。それなのに飲み忘れた薬で薬箱が溢れかえっていても疑問に思わない。なにしろ後期高齢者の医療費は1割負担だから懐に響かない。国の医療費だけが青天井に膨れあがる。介護保険制度が「亡国の制度」といわれる由縁でもある。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。

(後)

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