2024年11月23日( 土 )

新型コロナ後の世界~「将棋」を通して俯瞰する!(2)

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棋士九段・日本将棋連盟常任理事 森下 卓氏

 「新型コロナウイルス」後の世界は一変し、先が見えない時代が到来するといわれる。しかし、先が見通せないからと言って、不安になってばかりいては、私たちは前に一歩も進むことができない。今後の羅針盤となる、何か良い知恵はないものだろうか。
森下卓・棋士九段・日本将棋連盟常任理事に話を聞いた。陪席は山川悟・東京富士大学教授(経営学部長)である。山川氏はマーケティング論が専門だが、一方で詰将棋作家としての顔をもつ。東京富士大学は正規科目として「将棋」を開講している。

教員と学生との関係は、「1:100」から「1:1×100」に

 山川 悟氏(以下、山川) 新型コロナの大学への影響を語る際に外してはならないキーワードは「オンライン授業」です。2020年度の前期は、全国で9割の大学が導入するかたちとなりました。

 オンライン授業というと、多くの皆さんは予備校の映像配信のようなイメージを浮かべられると思います。たとえば、You Tubeに自分の講義の動画を投稿したり(閲覧者は受講生に限定)、独自で作成したパワーポイント教材に音声や動画解説を入れて配信したり、ZOOMなどを用いてリアルタイムで双方向授業を行ったりなど、実際にはさまざまなかたちがあります。

 オンライン授業は対面授業に劣る手段とみなされがちですが、ここではあえて正(プラス)の側面についてお話したいと思います。それは大きく分けて3点あります。

 1点目は、教育コンテンツが研ぎ澄まされることです。今まで日本の大学教員のなかには、アドリブや過去のエピソードなどを絡めて、その場の雰囲気で授業をやっていた人もいます。しかし、オンライン授業ではそうしたことがほぼ通用せず、教育コンテンツそのもので勝負しなければなりません。学生においても、教員の人柄に対してではなく、教育の質を評価する傾向がより高まってきていると思います。

(左)山川教授 (右)森下九段

 2点目は、「教育」以上に「学習支援」が重視されるということです。大学生の多くは、自宅で目標も見失い、オンライン授業を受け身や惰性でこなしているのが実情です。そうしたなかで、学生が発展的に学習したくなるような教材や、知的刺激を促すような課題を提示する工夫が、教員に求められるようになっています。

 3点目は、学生1人ひとりに向かい合うかたちができたということです。これまでのような、受講生100人規模の大教室においては、教員と学生との関係は「1:100」でした。ところがオンライン授業のシステムでは、教員は毎回、1人ひとりから提出された課題をチェックしたり、1人ひとりからの質問を受けつけたりせざるを得ません。つまり「1:1×100」という、大規模マンツーマン方式に変わっています。

冗長でない、より研ぎ澄まされたコミュニケーション能力

 山川 オンライン授業の半ば強制的な導入は、教員や学生への負荷も大きく、もちろん多大な課題を残したままです。しかしこれにより、教育のパフォーマンスが確実に向上している面もあります。先ほど話した3点は、日本の大学教育が本来あるべき姿であり、新型コロナは否が応でもそれに近づくきっかけを与えたことになります。

 さらに、「コミュニケーション能力」の在り方についても、変容が求められるような現象が起きています。たとえば、教材に音声解説を入れて配信するような場合、ファイル容量の制限から、教員はなるべく端的に、要点を抑えた解説に努めざるを得ません。一方学生も、400字以内という制限のなかでの回答を繰り返すことになります。つまり、出題側、回答側ともに、冗長でなくより簡潔な、洗練された対話を行う力が必然的に要求されるようになってきています。コミュニケーション=「お喋り」「打ち解ける力」という認識は、見直されてくるのではないでしょうか。

 森下 それは面白いお話ですね。先日NHKのBS放送で、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏(世界的ベストセラー『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』、『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』の著者)が「オンラインシステムは20年前から、会社でも大学でも可能であった。しかしその方向にはまったく進まなかった。今回、20年間できなかったことを、わずか1カ月の間に世界中がやり始めた。このように、変わるときは一瞬にして変わるものだ」と語っていました。

(つづく)

【金木 亮憲】


<プロフィール>
森下 卓(もりした・たく)

 1966年北九州市生まれ。将棋棋士(九段)・日本将棋連盟常任理事。花村元司九段門下。タイトル戦登場6回、棋戦優勝8回、竜王戦1組16期、順位戦A級10期。居飛車党の正統派で受けの棋風。森下システムを考案し、升田幸三賞特別賞を受賞。棋界の超大御所、大山康晴十五世名人に対し無類の強さを発揮し、通算成績は6勝0敗(大山が生涯一度も勝てなかった唯一の棋士)。優勝は、全日本プロトーナメント1回(第9回-1990年度)、日本シリーズ2回(第28回-2007年度・第29回-2008年度)など多数。将棋大賞として、2000年に将棋栄誉賞(通算六百勝達成)、2010年に将棋栄誉敢闘賞(通算八百勝達成)を受賞。
 著書に『将棋基本戦法 居飛車編』(日本将棋連盟)、『8五飛を指してみる本』(河出書房新社)、『森下の対振り飛車熱戦譜』(毎日コミュニケーションズ)、『なんでも中飛車』(創元社)など多数。


山川 悟(やまかわ・さとる)
 1960年東京都生まれ。法政大学法学部卒。東京富士大学教授(経営学部長・学務部長・経営学研究所所長)。広告会社のマーケティング部門において、広告・販売促進計画、ブランド開発、商品開発などに携わり、2008年より現職。専門は、マーケティング論、創造性開発(企画力育成、事業モデル開発支援など)、コンテンツビジネス論。武蔵野美術大学講師。
 著書に『応援される会社』(光文社)、『コンテンツがブランドをつくる』(同文館)、『不況になると口紅が売れる』(毎日コミュニケーションズ)、『創発するマーケティング』(日経BP企画)、『事例でわかる物語マーケティング』(JMAM)、『企画のつくり方入門』(かんき出版)などがある。
 詰将棋作家としての作品にスマートフォンアプリ「山川悟の詰将棋1~3」(空気ラボ)。

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