トランプ大統領の残忍さを理解できなかった安倍首相~辞任劇の裏に隠されたアメリカの思惑(後)
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浜田 和幸 氏(国際未来科学研究所代表)
アメリカのトランプ大統領は安倍首相より数倍は強(したた)かだ。辞任記者会見直後の安倍首相に通算37回目となる電話を寄越し、「シンゾー、お前は日本の歴史上、最高の首相だ。なぜなら、アメリカ大統領の自分とこれまでにないツーカーの関係を築いたから。本当にお前はグレイト政治家だ!」と労をねぎらった。
まさに「ほめ殺し」の典型だ。ところが、そんなトランプの誉め言葉を真に受け、自身のSNSで自慢しているのだから、安倍首相の人の好さは救いがたい。実際、そんな甘さが今回の辞任劇をもたらしたと言っても過言ではないだろう。なぜなら、トランプ大統領は表向き安倍首相を持ち上げてきたが、裏では冷酷なまでに安倍首相を追い詰めていたからだ。
キューバとの敵対姿勢が鮮明
繰り返すが、アメリカ政府は安倍首相の行動には最大限の関心を寄せ続けていた。一例を挙げれば、日本ではまったく問題視されることはなかったが、安倍首相がアメリカ政府の警戒心を一挙に高めたことがあった。それは2016年9月のキューバ訪問である。日本とキューバは400年を越える交流の歴史があったが、日本の首相がキューバを訪問することは一度もなかった。
ラウル・カストロ議長の招請を受け、昭恵夫人とともにキューバを訪れた安倍首相は「キューバの経済社会の発展に尽力する」ことを内外に宣言した。アメリカの制裁を受け、経済的には厳しい状況下にあったキューバに対し、日本は債務救済措置を発動。キューバにとっては“救世主”となった感すらあるのが安倍首相だ。
カストロ議長との会談にて安倍首相は「2020年の東京オリンピックではキューバと日本が公式種目となった野球の決勝戦で対決するのを見たい」とまでスポーツ大国キューバを持ち上げた。これにアメリカ政府は苛立った。ケネディ政権時に世界を震撼とさせた「ミサイル危機」以来、アメリカはキューバへの警戒心を解いていないからだ。オバマ政権時代に国交が正常化したが、トランプ政権になるとすべてが白紙に戻され、キューバへの敵対姿勢が鮮明となった。
トランプ大統領に言わせれば、「キューバはベネズエラやコロンビアといった中南米の独裁国家と共謀し、アメリカにとっての裏庭ともいえるカリブ海からフロリダ州などに違法移民を送り込み、治安を悪化させ、アメリカを内部から破壊する工作を展開している」。「かつてソ連が核ミサイルをキューバに持ち込んだが、今日のキューバはイランから中距離ならびに長距離のミサイルを密かに持ち込もうとしている」。イランもキューバも否定しているが、トランプ大統領は聞く耳をもたない。
そうしたキューバ脅威論が先行しているせいか、アメリカ政府はキューバへの経済制裁を強める一方である。具体的には、アメリカ海軍はベネズエラに向かっていたキューバの石油タンカー2隻を拿捕した。この8月14日のことである。来る10月にはトランプ政権はキューバとアメリカとのチャーター便の運航を全面的に禁止すると宣言している。アメリカの大統領選挙直前の「オクトーバー・サプライズ」は「キューバやベネズエラとの戦争ではないか」との観測も出始めた。
実は、キューバは医療面においては先進国の地位を確立している。国民1人あたりの医師数でも予防医療の分野でも日本の先を進む。現下のコロナウィルス騒動に際しても、60を超える途上国に積極的に医療機材や医師を派遣し、国際協力の最前線で奮闘している。感染者数でアメリカについで深刻な状況に直面するブラジルに対してもキューバは大々的な医療支援を行っており、トランプ政権からは「キューバの医療チームを排除しろ」との圧力がかかったが、ブラジル政府はキューバからの支援を継続する道を選んだ。
このキューバの医療活動は「ハバナ式ソフトパワー」と呼ばれており、アフリカ諸国からは「キューバの医療チームはノーベル平和賞に値する」との賞賛の声が挙がっている。アメリカの経済制裁下にあるキューバにとっては国際的な信用を得るとともに、貴重な外貨獲得手段にもなっているようだ。
もちろん、安倍首相肝いりの日本との医療分野での協力案件も稼働中である。また、キューバは自前のコロナ・ワクチン「ソベラナ01」を実用化しているが、ロシアが自慢する世界初の「スプートニクV」ワクチンについても、共同生産にいち早く名乗りを上げている。アメリカで開発中のワクチンの出番が奪われることになりかねない。
安倍首相の辞任に「アメリカ・ファースト」の影
こうしたキューバの躍進はトランプ政権にとっては「目の上のたんこぶ」のようなもの。そこに食い込もうとした安倍首相の独自外交は容認できないとの判断が下されたのかもしれない。キューバにはアメリカ軍が維持管理するテロリストの収容所「グアンタナモ基地」がある。アメリカからは安倍首相の動きをけん制するために「国際人権規約に違反する法律を次々に強硬採決したことは問題だ。キューバ贔屓(びいき)の安倍首相には米軍のグアンタナモ収容所に入ってもらう選択肢もある」との脅しが届けられたという。
真相はやぶのなかであるが、歴代の日本の首相がアメリカの尻尾を踏んでしまったときの悲劇的な結末に思いを致せば、安倍首相の突然の辞任劇にも「アメリカ・ファースト」の影が見え隠れするのである。トランプ大統領の残忍性を表しているともいえそうだ。キューバに関するアメリカの苛立ちは1つの背景に過ぎない。
コロナ禍の影響をもっとも色濃く受け、人種差別問題も歯止めがかからず、国家分裂の瀬戸際に追い込まれているのが今のアメリカである。その腹いせのように、トランプ政権は同盟国であろうと敵対国家であろうと、無理難題を押し付けてくる。トランプが突きつけてきた「駐留米軍経費(思いやり予算)の4倍増要求」を安倍首相は切り返せなかった。それどころか、安倍首相は「キューバの収容所送り」を耳打ちされ、一気に病状が悪化したのではないか。
こうしたアメリカの理不尽さを前にして、堂々と渡り合える政治家が日本から登場する可能性はあるだろうか。現時点で次期首相の座に挑む動きを見せている候補者たちにとっては、アメリカの諜報機関の動きはもちろん、それらを操る残忍な大統領の本性も理解できていない。これでは誰がアメリカの次期大統領になっても、その楔(くさび)からは脱却できそうにない。
今こそアメリカと対決することを厭わない国々ともバックチャンネルを構築するような戦略思考と情報管理能力が求められる。日本は「ポスト・コロナ」ではなく「ポスト・トランプ」時代に備えねばならない。
(了)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。関連キーワード
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