2024年11月20日( 水 )

コロナとニューヨーク~そして、春がまたやってきた(後)

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大嶋 田菜(ニューヨーク在住フリージャーナリスト)

 ニューヨークの新型コロナ感染者は予防接種が実施されているにもかかわらず、増え続けている。外出するのは危険なはずであるが、昨年の春と違って、人々がその危険に用心している様子は感じられない。店の前の行列でも、きちんと2m間隔を守って並んでいる人はほとんどいなくなっている。公園で雪遊びをした時も、お互いに危ないほどに距離が近かった。バスも相当に混んでいて、ミッドタウンやダウンタウンも少しずつ元気をとり戻している。もう、皆がコロナの対応に疲れ果てているのだ。

 しかし、その疲れのなかでも、忘れてはいけない約束のように誰もがマスクだけはしっかり着けている。1年ぶりに、屋内での外食をした。映画館、劇場、リンカーン・センター、野球場などの所に最後に行ったのはずいぶんと昔のことだったように感じる。友人や家族と集まって祝うことも昨年の3月以来、その機会がなかった。「散歩や買い物ぐらいは勘弁してほしい」とニューヨーク市民は思っていて、気楽に楽しめることはなんでも楽しもうとしているのだ。

 ホームレスの数が妙に増えている。先月、1人のホームレスが近所のアパートの門の横で寝ているのを見かけた。寒いなか、毛布をたくさん被って地べたに転がっていた。ちょうどそこは、ニューヨークならどこにでもある工事の足場の下で、雨や雪が降っても濡れない場所だった。枕元には大きなスーツケースと本が並んでいる。朝は誰かからの差し入れのコーヒーを飲みながら本を読み、その後は布団を畳んでどこかに出かける。

 数日後、同じ男が同じ場所に寄付されたばかりのテントを建ててそこで暮らすようになった。テントがかなり大きかったため、道の真ん中まで張り出していることもある。近所の人が着替え、食べ物、魔法瓶などさまざまな物を運んであげていたが、時には文句をいう人もいた。

 もちろん、真冬に路上で寝るのはよくないことであるが、最近は家賃が払えなくなって立ち退きに遭っている人がとても多い。そのため、ホームレス施設にも人が入りきらないほどだという。加えて、静かに本を読むのが好きなホームレスは、ホームレス施設は苦手という可能性もある。しかし、何日か経つと、あの本好きのホームレスはいなくなった。警察に連れて行かれたようだ。

 ニューヨークでは、治安も少しずつ悪くなっている。先月、数カ月ぶりにタイムズ・スクエアに行ったら、辺りの狭い路地はギャングであふれていた。1年前から閉じたままのブロードウェイ劇場の隅にこっそりと立っていたり、真昼間からナイトクラブに出入りしている。しかし、その路地を抜けて10mも歩くと、6丁目のブライアント・パークが上品に輝いていて、会社員や子ども連れの家族が散歩したり、弁当を食べたりしている。

 ニューヨークの初春の空は真っ青で、まだ芽吹いていない裸の木の枝が黄金の光に浴びて揺れている。朝早くから、近所の老人らが軽食レストラン(ダイナー)の屋外にあるテーブルで朝ごはんを食べる。真っ黒なコーヒーにオムレツ、ベーコン、ライ麦パンの甘酸っぱい匂いが冷たい空気に混ざって辺りに広がっていく。

 昨年とは違って、レストランの屋外にあるテーブルの空間も今はきちんとした部屋に整えられている。暖房もあり、周りが壁で囲われていて表だけが空いている、路上にある山小屋のような部屋がいくつも並んでいる。パンデミック前の風景とはまったく違うが、人間とは変化に早く慣れるものなのだ。

(了)

※画像は著者撮影、提供


<プロフィール>
大嶋 田菜
(おおしま・たな)
 神奈川県生まれ。スペイン・コンプレテンセ大学社会学部ジャーナリズム専攻卒業。スペイン・エル・ムンド紙(社内賞2度受賞)、東京・共同通信社記者を経てアメリカに渡り、パーソンズ・スクールオブデザイン・イラスト部門卒業。現在、フリーのジャーナリストおよびイラストレーターとしてニューヨークで活動。

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