JT、あるいは「列強」の迷夢(4)
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ライター 黒川 晶
財務官僚に貢がされる〜半国営企業の宿痾
実際、TCIが撤退した2015年をピークに、日本たばこ産業(JT)の売上高も営業利益も減少傾向を示し始めた。海外事業は概ね1兆3,000億円台の売上を維持していたが、国内事業の売上は16年7,024億円、17年6,353億円、18年6,294億円、19年6,187億円と、「ガタ落ち」だからである。
ESG投資(投資に際し、その企業の、環境 Environment・社会 Society・企業統治 Governanceへの配慮を重視する態度)の浸透も相まって、外国人投資家は次々と逃げ出した。20年12月末の外国人株主比率は「物いう株主」が幅を利かせていたころの3分の1の12%になった。株価も急落の一途をたどり、現在ピーク時の半分以下の2,000円前後にまで下落している。その間、JTは配当金を上げて利回りを良くすることで投資家をつなぎとめようとしてきたが、これにより配当性向は17年63.9%、18年69.7%、19年78.6%、20年88.1%とうなぎ上りに上昇。21年見込みは96.1%であり、利益のほぼすべてを配当に回すという状態である。
加熱式たばこという新しい部門で巻き返しを図ろうという時に、巨額の「のれん」を積み上げながら業績悪化、それでいて配当性向を上げていくのは、正気の沙汰とも思えない。しかし、JT経営陣はおそらく、大株主として「国=財務省」がついていると高を括っていたのではないか。
たばこ産業は1898年の大蔵省「専売局」の設置以来、長らく国の保護監督下に置かれてきた。1985年に「日本専売公社」が民営化されJTがスタートした際も、「たばこ事業法」「日本たばこ産業(株)(JT)法」「たばこ耕作組合法」の3つの法律によって、財務省がJTを通じてたばこの生産から流通、販売までのすべてを管理する仕組みがつくられている。嗜好品でなおかつ依存性の高いたばこは、重い税負担や値上げにも耐え、国や地方自治体に大きな税収(ここ20年はほぼ2兆円強で推移している)をもたらすからである。
実際、「たばこ事業法」の第1条には、次のようにある。
「製造たばこに係る租税が財政収入において占める地位などにかんがみ、製造たばこの原料用としての国内産の葉たばこの生産および買入れならびに製造たばこの製造および販売の事業等に関し所要の調整を行うことにより、我が国たばこ産業の健全な発展を図り、もつて財政収入の安定的確保および国民経済の健全な発展に資することを目的とする」。
「JT法」第1条は、こうした目的をたちするための会社としてJTを規定しており、それが、財務省がJT株の3分の1を保有することの法的根拠を与えている。問題は、その財務省がそこから上がる巨額の配当金を、国民全体に益として還元していないことだ。
前神奈川県知事で参議院議員・松沢成文氏が著書『JT、財務省、たばこ利権 日本最後の巨大利権の闇』(ワニブックス「PLUS」新書、13年)で告発するところによれば、財務省がJT株から得られる配当金は毎年300億円。その多くが「一般会計」ではなく「財政投融資特別会計」に繰り入れられている。「ディスクロージャーが不完全なため、その実態がなかなか表面に浮かび上がってこない」という特別会計。かつて石井紘基議員が追及しようと試み、謎の死を遂げた、日本の「闇の奥」である。
そして、この「財政投融資特別会計」は、官僚の天下り先である公益法人に融資するための財源となっていると松沢氏はいう。「これらの法人は財務省関係の天下り先だけではない。厚生労働省関係の天下りも、そして、農林水産省関係の天下りも含まれている」がゆえに、「財政投融資特別会計」に繰り入れられるJT株の巨額の配当金は、財務省にとって「巧妙な各省庁への圧力になる」のだという。
つまり、血税が投入された株式で得られた利益は、官僚らの権力闘争に使われているというのだ。しかも「JTのトップの座は、常に旧大蔵省OBが占めてきた」。JTが高配当を維持してきた背景には、こうした事情も隠れているのではないか。とすると、JTは、本来企業として成長するための資金を財務官僚らに貢がされてきた、という一面が浮かび上がる。
冒頭でも述べた通り、JTは来年、本業であるたばこ事業の本社機能をスイス・ジュネーブのJTインターナショナルに移し、正真正銘のグローバル企業として新たな歩みに乗り出す。そこで大きく羽ばたくために、これまでのように「JTの健全な発展というものとはまったく別の関心で以って群がる種々の勢力」にみすみす食い物にされないよう、冷徹な経営判断を以って臨んでほしいものだと、日本の一愛煙家として切に願う次第である。
(了)
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