2024年09月11日( 水 )

2022年以降の世界経済秩序~米中激突と日本の最終選択(2)

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 グローバリズムや自由貿易といった「幻想」は雲散霧消した。米国は左右に引き裂かれ、欧州は泥沼状態にある。一方で中国やロシア、東欧などでは全体主義の傾向が強まっている。2022年以降の世界経済秩序はどうなるのか。谷口誠元国連大使・元岩手県立大学学長に聞いた。陪席は日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・名古屋市立大学特任教授の中川十郎氏。話は谷口氏と親交がありノーベル賞候補だった2人の傑物、三島由紀夫氏と森嶋通夫氏にまでおよんだ。

元国連大使・元岩手県立大学学長 谷口誠 氏

日中は「一衣帯水」、文化交流を深めるべき

 ――最近の政治家について、中川さんはどのように感じていますか?

中川 十郎 氏
中川 十郎 氏

 中川十郎氏(以下、中川) 現在の日本の政治家はもちろん、中国の政治家も文化・教養が足りないと感じています。約10年前のことですが、中国の内蒙古自治区に「植林ミッション」の団長として行ったことがあります。中国側の窓口は胡耀邦総書記のご子息の胡徳平氏でした。1週間付き添っていただいたのですが、中国の古典・文化はもちろん、日本の古典・文化も勉強されており、その博識ぶりに驚いたことを思い出します。遡ると、東北大学に医学の勉強のために留学した魯迅()は、西洋の文学や哲学にも精通していました。

 一方、日本人でも「論語と算盤」で知られる実業家の渋沢栄一氏、私邸の一部がホテルオークラ(東京都港区)となっている大倉喜八郎氏など、中国の古典・文化を理解していた財界人はたくさんいました。私が教員として勤務していた東京経済大学は、大倉喜八郎氏が創立した大倉商業学校が前身です。学内にはその記念スペースもありました。私は事あるごとに、その文化・教養の深さに触れて感動しました。

 日本人は中国がオリジナルのものであっても、漢字、書道、水墨画、お茶、懐石料理などを日本化して、時にはオリジナルを上回るほど洗練させることが得意です。一方で、戦略の観点から見ると、短期戦略はどの国にも負けないのですが、100年、200年のタイムスパンの長期戦略が不得手です。日中は「一衣帯水」で、対欧米に比べて数千年の歴史があります。コロナ騒動を機に再度、お互いの長所や短所を良く知り合い、そして短所を補って文化交流を深めていく必要性を感じています。

米国・中国・欧州と等距離外交を

 ――米中貿易戦争についてはどう思われていますか。

 谷口誠氏(以下、谷口) 米中貿易戦争については、アメリカも中国も愚かであると考えています。なぜなら、双方とも何の得にもならないばかりか、損することが明らかであるからです。現在の中国の貿易量は輸出・輸入とも最大級です。アメリカは中国が大国化することへの問題意識が強すぎます。また、アメリカはアングロサクソンの特質かもしれませんが、「何が何でもいつも一番にならなければ気がすまない」と考えているきらいがあります。

 今のところ、中国は貿易関係を最重要と捉え、「韜光養晦(とうこうようかい)」という言葉を巧に使いながら、気持ちを抑えているようにみえます。しかし、GDPで中国がアメリカを抜く2030年ごろになると、どうなるか予測できません。

 中川 現在の米中関係では、経済戦争をして双方とも得することはありません。しかし、アングロサクソンの特質は「相手を敵と見て潰す」「自然共生ではなく、自然開拓(破壊)」にあります。つまり、自然とも国とも個人とも戦いを好みます。米中貿易戦争はアメリカの象徴であったロックフェラーセンター(三菱地所が1989年に買収)やコロンビア映画(ソニーが89年に買収)の買収に端を発した日米貿易戦争とまったく同じ構図であると考えています。アングロサクソンは敵を叩くことしか頭にありません。聖徳太子の17条憲法に書かれている「和をもって貴しとなす」という概念がないのです。

 谷口 よいご指摘だと思います。米中がお互いに争っている今だからこそ、「和をもって貴しとなす」日本の出番なのです。政治家も官僚も財界人もアメリカ一辺倒の考えを捨て、長期戦略で米国・中国・欧州とも等距離外交を進め、日本の国益を真剣に考える必要があります。

 今回のコロナ騒動はその願ってもない機会なのです。私の知る限り、アメリカの中国研究者は日本の研究者よりもはるかにレベルが高いです。中国のアメリカ研究者のレベルも、朱鎔基、胡錦涛、習近平国家主席を輩出した清華大学などを中心に高いものがあります。米中とも早晩、米中貿易戦争が馬鹿げたことであることに気づくはずです。そのとき、アメリカ一辺倒であった日本は完全に置いていかれます。そうなっては遅いので、今こそ日本の最終選択が問われているのです。

※:中国の小説家、翻訳家、思想家。中国で最も早く西洋の技法を用いて小説を書いた作家。代表作「狂人日記」「阿Q正伝」などは中国だけでなく、東アジアで広く愛読されている。 ^

(つづく)

【聞き手・文:金木 亮憲】


<プロフィール>

谷口 誠 氏谷口 誠(たにぐち・まこと)
 1956年一橋大学経済学部修士課程修了、58年英国ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ卒、59年外務省入省。国連局経済課長、在ニューヨーク日本政府国連代表部特命全権大使、OECD事務次長(日本人初代)、早稲田大学アジア太平洋研究センター教授、岩手県立大学学長などを歴任。現在は「新渡戸国際塾」塾長、北東アジア研究交流ネットワーク代表幹事、桜美林大学アジア・ユーラシア総合研究所所長。著書に「21世紀の南北問題 グローバル化時代の挑戦」(早稲田大学出版部)など多数。

中川 十郎 氏中川 十郎(なかがわ・じゅうろう)
 東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒後、ニチメン(現・双日)入社。米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長を経て、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部教授など歴任。日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、中国競争情報協会国際顧問、日本コンペティティブ・インテリジェンス学会顧問など。著書多数。

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