『日本弓道について』(4)弽(ゆかけ)
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今年5月に弓道の写真集を出版した。父を師として、42歳から弓を始め、弓歴は30年を過ぎた。弓を初めた頃から30年かけて撮影してきた、名人といわれる先生、弓道大会、弓にまつわる演武や祭などを載せた写真集だ。長年、弓を続けてきた者として、弓についてつづる。
和弓の中を左右する弽
和弓では、弦を引くときには弽を使う。弽は弓の道具のなかで、最も大切なものだ。弦を引っ掛けたときに、弦が軽度に離れて行くかが中(あたり)を左右する。「かけがえのない」という言葉が生まれたことからも、その役割の大きさが実感できる。
弓は素手で引くより、弦を道具に掛けて引いた方がより強い弓を引くことができる。モンゴルでは、太めの爪のついた指輪を親指にはめて弦を引き、中国では玉でできた指輪を右手親指に付けて弦を引く。
日本の弽は鎌倉時代に使われたものが最高であるとされ、源頼朝が使っていた弽が残っている、と文献に書かれている。戦国時代には遠距離で弓を使い、接近戦になったときには弓を捨てて刀で戦ったため、柔いものであった。江戸時代、三十三間堂の通し矢が行われるようになって弽の改良が進み、親指部分に硬い烏帽子を使うようになり、現在に至っている。これを「硬烏帽子」という。
現在の弓道では、3つ弽、4つ弽、全部の指を使う諸弽の3種の弽がある。日頃の練習や競技、審査では3つ掛けを使う人が多く、より強い弓を引くために4つ掛けを使う高段者もいる。初心者弓道教室では、初心者でも柔らかくて気軽に使える3つ弽を使わせている。筆者は父が使用していた4つ弽を使っている。
いずれにしても、上座(じょうざ)となる脇正面を向いて、左手で弓を押して弦を引き、矢を離すのが弓道だ。上座は正面であり、審査では審査員席になり、向かって左が審査員長になる。上座の上には、少し前まで神棚があったが、今は国旗となっている。従って、左利きの人も左手で弓を押して右手で弦を引く。右手で弓を押す人がいたと聞いたことがあるが、上座にお尻を向けるため、的を左手で見るように立つ。
弽の使い方
弽は鹿の皮からできている。使用するときは、汗を予防するために下弽として手袋状の同じ形状の布を用いて、夏場は汗をかきやすいため取り替える。弓を引く前には、親指部分に松ヤニの粉(ギリコ)をつけて摩擦力を上げる。バイオリン奏者が松ヤニを弦に付けるのと同じことだ。
弦を引き始めるときに3つ弽は中指に、4つ弽は薬指に添えて、親指を跳ね上げるように引くため、ギリギリという摩擦音がする。頃合いを見計らって矢を放つと、放たれた矢は一直線に飛んでゆき、的に中るとパンという音がする。この音に魅了されて、達成感、開放感を味わい、弓の虜になる。
弽は湿気に弱いため、日本手ぬぐいなどを中に入れて弽袋に収納する、また桐の箱に大切に収納する人もいる。筆者は弽で弦を引く動作(妻手、めて)に苦労をしている。
通し矢とは
江戸時代には、京都の三十三間堂の軒下(長さ約121m)を南から北に昼夜をかけて矢を何本射通すかという競技が家名を懸けて行われていたが、多額な費用がかかるため、江戸時代の途中で中止となった。最高記録は、紀州藩家臣の和佐大八郎の総矢数1万3,053本、通し矢8,133本となっている。これは1分間に矢9本を射ったことになる。
古い映画であるが、昭和の大スターである長谷川一夫主演のモノクロ映画『三十三間堂 通し矢物語』がNHKで放映されていたのを見た。この歴史を受け継いで、新成人を迎える晴れ着姿の女性2,000人が全国から参加する「三十三間堂大的全国大会」が1月の成人の日に行われている。「通し矢」と呼ばれる行事で、新成人を迎える女性にとっては華やかな1日となるが、今年の第71回大会は新型コロナの影響で中止となっている。
錬士五段
福岡地区弓道連盟会員
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