2024年11月05日( 火 )

利他、エンパシー、ブレイディみかこ、「ぐるり」…(前)

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 地域住民の居場所であり、延べ3万人の来亭者がある「サロン幸福亭ぐるり」。生活弱者などの‘影の住民’への支援を行う「サロン幸福亭ぐるり」が求める利他の本質とは何か。2回にわたり検証したい。

‘影の住民’への支援

本 最近「利他」や「エンパシー」という言葉が頭から離れない。従って、ブレンディみかこの『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮文庫)、『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』(文藝春秋)、『女たちのテロル』(岩波書店)、そして『「利他」とは何か』(伊藤亜沙編、集英社新書)を矢継ぎ早に読んだ。運営の先が読めない「サロン幸福亭ぐるり」(以下、「ぐるり」)の方向性を模索する指針として役立つと考えたからだ。

 「ぐるり」は8月14日で15年目に入った。地域住民の居場所として、延べ3万人の来亭者があり、完全に地域のサロンとして認識されたと自負している。「居場所は住民が行きたいときに開いているのが基本」というコンセプトから、7年半前にURの空き店舗を借りてつくり、毎日開けた。

サロン幸福亭ぐるり それでも「高齢者の居場所として、これでいいのか」という不安が常に心のどこかを占有していた。それが次第に大きくなりはじめたころに、社会福祉協議会と組んではじめた「よろず相談所」が筆者に大きな変化をもたらした。健康・健全であるべき地域の住民という範疇から漏れる住民がいる。社協はこうした生活弱者を福祉の面で支援する。社協と組むことで、それまで見えなかった住民の‘影’が見えはじめたのだ。それ以降‘影の住民’への支援へと大きくシフトしていく。それを集約したのが拙著『親を棄てる子どもたち』(平凡社新書、2019年刊)である。

 「利他」というのは、「他人の利益のために動くこと」という定義になる。「利己(主義)」は利他の対義語にあたる。「ぐるり」も住民のための居場所と考えるなら利他的な施設と考えられる。とくに「ぐるり」で月2回開かれる「子ども食堂」で奉仕するボランティアは、間違いなく利他的な行為の範疇に入る。ある脳科学者がいうには、「他人のために行動を起こすと、自分のためにやる(利己)よりも、しあわせホルモンが数倍多く出る」という。

「利他」とは何か

 「利他的行為」には難しい面もある。1年ほど前、UR敷地内をおぼつかない足取りで歩く青年に出会った。彼は白杖をついている。全盲だといった。「お困りではありませんか」と声をかけた。彼は「バス停に行きたいのですが、引っ越してきたばかりなので様子がわかりません」といった。そこでバス停まで道案内するため、階段では彼の前に立ち、段差があると声をかけて誘導した。バス停では、ベンチの最前列に座っていた人に声をかけて席を譲ってもらった。彼は照れくさそうに席を譲ってくれた人に礼をいい、筆者にも微妙なほほえみをくれた。筆者はいいことをしたと満足した。同時にある疑念が顔をもたげたのには驚いた。

 『「利他」とは何か』で伊藤亜沙さんが次のようなことを報告している。「全盲になって10年以上になる西島玲那さんは、19歳のときに失明して以来、自分の生活が『毎日はとバスツアーに乗っている感じ』になってしまったと話します。『ここはコンビニですよ』。『ちょっと段差がありますよ』。どこに出かけるにも、周りにいる晴眼者が、まるでバスガイドのように、言葉でことこまかに教えてくれます。すべてを先回りして言葉にされてしまうと、自分の聴覚や触覚を使って自分なりに世界を感じることができなくなってしまいます」という。そして「障がい者を演じなきゃいけない窮屈さがある」ともいった。

食事の様子 若年性アルツハイマー型認知症当事者の丹野智文さんも、「助けてって言ってないのに助ける人が多いから、イライラするんじゃないかな」と話す。筆者がバス停まで道案内した彼も、本音は「途中まで」でよかったんじゃないのか。席まで空けさせたのは余計なことではなかったのか。彼には全盲としてのプライドがある。別れ際、彼が微妙な表情を見せたのはそのせいだったのだ。利他的行為といっても、何をやってもいいとは限らない。

 こんなことがあった。「ぐるり」常連の内田さんに、スタッフの通称パトラがこういったことがある。「今度私の知っている補聴器のメーカーに、内田さん用の補聴器作ってもらうように聞いてみる」。内田さんはこの申し出を拒否した。「人の話、聞こえないよりも聞こえた方がいいに決まってる」とパトラ。すかさず内田さん。「あんたの声が聞きたくないんだよ」。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第102回・後)
(第103回・後)

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