2024年11月05日( 火 )

米中関係と日本の選択(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

東アジア共同体研究所 理事・所長
(元外務省国際情報局長)
孫崎 享 氏

アリソン・ハーバード大学ケネディ・スクール初代院長の発言

 ハーバード大学ケネディ・スクールは公共政策・国際開発分野における世界最高の教育機関とみなされている。この初代院長であるグレアム・アリソンは『決定の本質―キューバ・ミサイル危機の分析』で学者としての地位を確立した。このアリソンが、『フォーリン・アフェアーズ』2020年3月で「新しい勢力圏と大国間関係」を発表し、ここで「台湾海峡有事を想定した18のウォーゲームのすべてで、アメリカは中国に破れている」と記載した。

ニコラス・クリストフ論評

 ニューヨークタイムズのコラムニスト、ニコラス・クリストフは、ピューリッツアー賞を2度受賞している米国の著名ジャーナリストである。彼は2019年9月4日付論評で、「中国は空母の攻撃能力など、軍事力を大幅に増強してきた。ペンタゴンが行った台湾海峡における米中の戦争ゲーム(war game)で、米国は18戦中18敗したと聞いている」と記述した。

 今日、台湾問題が注目されているが、台湾を舞台に米中が武力衝突したら米国は負ける。その事実は米国のしかるべき安全保障関係者は熟知していることである。

日本の取るべき政策 敵基地攻撃の危険性

 客観的事実を見ず、自分がなしうることだけ考え、相手の対抗への考察がないから、荒唐無稽の策が正面に据えられる。同様のことは敵基地攻撃論も同じである。「相手から殴られる前に殴ろう」というのは通常考えられる概念である。しかし、それを実施したときにどうなるかを考慮しないことは、あまりに無分別な考えである。

敵基地攻撃を実施したときに、相手国の基地を全滅させるわけではない

 たとえば中国への攻撃を考えてみよう。中国は日本を攻撃しうる中距離弾道ミサイル、短距離弾道ミサイル、クルーズミサイルを1,200以上配備していると言われている。これらのうちの何発を破壊する(破壊できる)というのだろうか。敵基地攻撃を行っても、対日攻撃能力を実質的にほとんど減じていないし、なおかつ核兵器も搭載しうるのだ。日本が敵基地攻撃を行った際、相手は黙って見ているだけとでも思うのであろうか。

 北朝鮮も200~300発の中距離弾道ミサイルを保有している。中国に対すると同様の論理が働く。日本が中国や北朝鮮のミサイルを攻撃しても破壊できるのはせいぜい数発、その見返りに中国や北朝鮮は日本の政治・経済・社会の中心地に報復攻撃を行う。被害の算盤勘定をすれば、敵基地攻撃の馬鹿馬鹿しさがわかる。

北朝鮮の核兵器にどう対応するか

 では北朝鮮の核兵器にどのように対応すべきか。キッシンジャーは核兵器理論の第一人者であるが、彼は著書『核兵器と外交政策』で次のように述べている。

 ・核保有国間の戦争は中小国家であっても、核兵器の使用につながる
 ・核兵器を有する国はそれを用いずして全面降伏を受け入れることはないであろう。一方で、その生存が直接脅かされていると信ずるとき以外は、戦争の危険を冒す国もないとみられる

 ・無条件降伏を求めないことを明らかにし、どんな紛争も国家の生存の問題を含まない枠をつくることが米国外交の仕事である

尖閣諸島にどう対応するか

日米中関係 イメージ 今日、中国との関係で最も深刻な危険性を孕(はら)んでいるのは尖閣諸島である。多くの国民は、中国が軍事力を高めてきているなかで尖閣諸島を軍事力で取られるのでないかとの不安をもっている。

 実は尖閣諸島問題は複雑であるにもかかわらず、武力紛争に至らないようにする外交的枠組みが存在している。細かい経緯はともかく、米国は沖縄返還の時以来、領有権について、①日本、中国、台湾のいずれの立場もとらない、②管轄権は日本にある、としている。

 この状況をうけて、日中国交回復時の田中・周恩来会談で「棚上げ合意(現状を認める)」とした。今日、日本政府と外務省は「棚上げ合意がない」という立場を取っているが、当時条約課長として問題を最も熟知し、後に外務次官になった栗山尚一氏は2012年10月31日付『朝日新聞』「尖閣列島 加熱する主張」で、「周恩来首相が“今はやりたくない”と言い、田中さんもそれ以上追求しなかったと説明を受けた。棚上げ、先送りの首脳レベルでの“暗黙の了解”がそこでできたと当時考えたし、今もそう思う。78年の日中平和条約の時も、鄧小平副首相が“後の世代に任せましょう”と言い、福田首相や園田外相は積極的に反論しなかった。72年の暗黙の了解が78年にもう一度確認されたというのが実態だと理解している」と記載している。

 もう1つ、日中間には日中漁業協定という極めて重要な取り決めがある。「尖閣周辺の水域では互いが自国の漁船だけを取り締まり、領海内で操業している中国船は退去させる。操業していない中国漁船については無害通行権があり、領海外に出るまで見守る」という取り決めである。つまり、日中には互いに約束を守れば軍事衝突を避けられる枠組みがすでにできているのである。

(了)

(前)

関連記事