福岡地区生コン協組、「サカヒラさんをトップに」(2)
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(株)サカヒラは、終戦後間もない1946年5月に、嘉穂郡穂波町で坡平骨材店として創業した。66年4月に(有)坡平産業として設立し、72年3月に本格的に建築・土木業へ進出した。その後も業拡を実施し、生コンクリート製造へ進出したのは、80年8月に同社の本社内に製造工場を建設した時期である。坂平忠一氏が2代目の代表取締役へ就任したのは、87年9月である。
その後、92年10月に株式会社へ改組。その前後で増資が活発に実施され、経営マネジメントの強化は着々と進行していった。そして「ISO9001:2000/JIS Q 9001:2000」「ISO14001:2004/JIS Q 14001:2004」を取得することで、国際的なマネジメントシステムの導入とそれにともなう品質、環境問題への取り組み、さらには社内業務の最適化、生産効率性、顧客満足度をより向上させる取り組みを強化していった。2014年10月に、同社の歴史のなかで大きな節目の1つになる出来事があった。社名を現商号に変更し、忠一氏が代表取締役会長に、忠一氏の子息で常務であった隆司氏が3代目の代表取締役社長に就任したことだ。
以前より、忠一氏の後継者は隆司氏と目されてきたが、実際に承継するのはいつなのかが注目され続けてきた。その承継が実現したことで、新たな体制の同社がスタートしたのである。70年近い同社の社歴のなかで、決して派手なことはないが、地道に着実に実績を重ねながら、堅実に事業を展開・拡大し、体質の強化を進めてきたことがわかる。近年の同社の業績は、50億円後半から60億円台の売上高を計上している。建築・土木工事と生コン製造販売が、約半数ずつの事業シェアを形成している。
建築・土木工事は、福岡県と県下の自治体、九州地方整備局、九州防衛局などの官公庁とともに、北部の国立大学法人からの受注が目立つ。また、同社の地元飯塚市の麻生グループからの受注も見られる。
生コンにおいては、スーパーゼネコン、地場ゼネコンとも幅広い顧客を有し、強い営業基盤を構築している。同社の営業基盤の源は、忠一会長の秀逸で情熱あふれる営業手腕であるとされる。忠一会長の営業活動については過去にも触れているが、改めてその絶大さを述べる。
「忠一会長は、剛腕かつ繊細な営業活動を実践する方である。綿密に計画・準備を行い、きめ細かに顧客先を一軒一軒訪問する。そして顧客には尽くすことを徹底する」と、ある地場ゼネコンの幹部の話の通り、忠一氏が自ら手本となって同社の営業基盤を構築し、支えているのである。イメージ先行で“猪突猛進”のスタイルで営業をつくってきたかのように言われていたが、それはまったく異なり、きめ細かく丁寧な営業活動で、顧客から絶大な信頼を積み上げてきたのである。今日の同社の基盤は、忠一氏の秀逸な営業力がつくり上げてきたものである。(つづく)
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