出光家代理人の浜田氏が辞任~創業家と経営陣の攻防を占う(後)
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出光興産(株)(以下、出光)の創業家の代理人、浜田卓二郎弁護士が辞任―。何があったのか。出光は2月7日、昭和シェル石油(株)との合併に反対する出光創業家(以下、創業家)との直接協議の再開に向け、代理人同士による交渉を始めたことを公表した。その3日後の2月10日、浜田卓二郎氏が代理人を辞任すると発表した。合併を巡る創業家と経営陣の対立の行方はどうなるか。
創業家と代理人が袂を分かった奇策
ここからが本題。創業家の出光昭介氏と代理人の浜田卓二郎氏は、何が原因で袂(たもと)を分かったのか。筆者はピンときた。「あの事件が原因ではないか」と。
あの事件とは、2016年8月3日、創業家の代理人である浜田弁護士が発表した合併阻止策のことだ。昭介氏が昭和シェル株40万株(発行済み株式の0.1%)を買い付けた。金融商品取引法の規定では、60日間で上場企業の3分の1超の株式を「著しく少数の者」が買い付ける場合、TOB(株主公開買い付け)が必要になる。一般投資家にも株式売却の機会を均等に与えるためだ。
出光は合併の前段階として、英蘭ロイヤル・ダッチ・シェル(以下、RDS)から相対で昭和シェル株33.24%を取得する計画だったが、昭介氏の昭和シェル株を足し合わせると33.34%と、3分の1を超えてしまう。RDSから直接、昭和シェル株を買い取れなくなれば、TOBで子会社にするしかない。
TOBには莫大なカネがかかる。合併へ向けた段取りは練り直し。当面、合併は先送りするしかない。法律のプロの浜田氏が編み出した合併阻止の奇策だ。これに出光の経営陣は激怒。反撃に出た。
8月15日、出光の関大輔副社長が記者会見し、15年12月に月岡隆社長が昭介氏から受け取った手紙の一部を公開した。その中で、「出光家から取締役1人を登用するよう」求めてきたことを暴露したのだ。創業家の本音は、息子を取締役にすることだった。
創業家と経営陣の対立は泥沼化した。しかし、昭介氏は経営陣との対立を望んではいなかった。前出の朝日新聞に載った浜田氏のコメントを読めばわかる。浜田氏は「出光昭介名誉会長からは、できるだけ争わずに話し合いで決着してもらいたいという委任を受けた」という。しかし、全面戦争に近い争いなった。昭介氏にしてみれば、話が違うとなる。かくして浜田氏は「委任の趣旨を踏まえて代理人を辞任」した。そう読めば、浜田氏の突然の辞任に納得がいく。
落しどころは昭介氏の息子を取締役につけること
それでは、創業家と経営陣が和解する「落しどころ」は何か。昭介氏の息子を取締役につけることであろう。
「名誉会長の昭介氏というより、千恵子夫人の存在が大きい」。これが出光ウォッチャーの一致した見方だ。昭介氏が、日本航空(JAL)の客室乗務員だった千恵子さんを見初めて結婚したのは有名な話。千恵子夫人が昵懇(じっこん)にしているのが、JALの国際線客室乗務員の後輩の浜田マキ子(本名:麻記子)さん。その縁で、マキ子さんの夫、浜田卓二郎氏が創業家の代理人となった。
出光昭介・千恵子夫妻には2男1女の子どもがいる。長女の出光佐千子さんは青山学院大学文学部の准教授。長男の正和氏と次男の正道氏は出光興産の発行済み株式の1.51%をそれぞれ保有している大株主である。兄弟とも慶應義塾大学を卒業して、出光興産に入社した。しかし、2人は冷や飯を喰わされてきた。
長男の正和氏は、役員の登竜門である神戸支店長に抜てきされ、周囲が御曹司を盛り立てたが実績をあげることができなかった。出光を去って、出光創業家の資産管理会社である日章興産の代表取締役に就いている。次男の正道氏は出光の需給部に勤務しているが、管理職ではない。
出光が未上場企業であれば、2人は間違いなく役員になっていた。上場会社になったため、役員には出光一族は1人もいない。昭介・千恵子夫妻は自分たちの目が黒いうちに、冷遇されている2人を役員にしたい。その妄執が、お家騒動の発端だと周囲では信じられている。
今年の株主総会では役員改選が行われる。出光興産の月岡隆社長が創業家から取締役を起用するという切り札を切るか。今後を占う注目点だ。(了)
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