激動の世界情勢 日本企業はどう動いたか(前) ロシア・ウクライナ
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国際政治学者 和田 大樹
今年初め、ロシアがウクライナに軍事侵攻するなど誰が予期していただろうか。少なくとも、筆者周辺の軍事・安全保障、東欧ロシア専門家たちは予期してなかったという。しかしそれは現実のものとなり、侵攻以降ロシアへの政治経済的な圧力が欧米を中心に強まった。
それによって日本企業のビジネスも大きな影響を受けることになった。たとえば、今年3月末にジェトロ(日本貿易振興機構)がロシア進出企業向けに実施したアンケート調査によると、今後半年から1年後の見通しとして、「ロシアから撤退」と回答した企業が6%、「縮小」が38%と4割以上の企業が脱ロシアの動きを示した。企業にとって撤退や規模縮小という決断は決して簡単なものではないが、企業にとってもそれだけウクライナ侵攻が重大な事態になったということだ。9月にプーチン大統領がウクライナ東部南部4州の一方的併合を宣言して以降は、トヨタや日産、マツダなど日本の大手自動車メーカーが相次いでロシア事業の撤退を表明した。そして、撤退の動きは日本企業以上に欧米企業の間で顕著にみられ、マクドナルド、スターバックス、アップル、ナイキ、エイチアンドエムなど誰もが知る欧米企業が相次いでロシアからの撤退を表明した。
今日、ロシア軍によるウクライナでの戦況は行き詰まり、インフラ施設などへの意図的な攻撃が続くなど“テロ化”しているが、プーチン大統領は依然として強気の姿勢を崩しておらず、雪解けに向かう兆しは見られない。今後はこの問題で中国やインドがどうロシアと向き合うかも大きなポイントになりそうだが、日本企業の脱ロシアの動きは今後しばらく続きそうだ。
ロシアによるウクライナ侵攻によって、日本企業が難しい決断を迫られるケースも見られた。プーチン大統領は6月下旬、石油天然ガス開発プロジェクト「サハリン2」について、事業主体を新たにロシア政府が設立するロシア企業に変更し、その資産を新会社に無償で譲渡することを命じる大統領令に署名した。これまでサハリン2には三菱商事や三井物産が出資してきたが、両社は出資分に応じた株式の譲渡に同意するかどうかをロシア政府に通知する必要に迫られた。その後、両社は引き続きサハリン2に出資する意向を明らかにし、ロシア政府もそれを承認した。
日露関係が冷え込むなか、ロシアが日本に政治的揺さぶりを掛ける狙いで経済的な制裁措置を発動してくるリスクは十分にあり、三菱商事や三井物産としてもそのリスクを承知で出資継続の判断をしたと思われる。しかし、日本は輸入するLNGの9パーセントをサハリン2に依存しており、サハリン2からの撤退は日本の電力事情、エネルギー安全保障を考慮すれば簡単にできるものではない。ここに政治と経済のジレンマが見られる。高い政治リスクがあれば、企業としてはそれを回避する選択肢を取るだろうが、エネルギー安全保障という公益性を考えれば、リスクを承知で経済活動を継続しなければならない場合もある。
ウクライナ侵攻により、脱ロシアを選択する日本企業の数は増加したが、サハリン2のように企業が政治と経済の狭間に陥るケースも見られた。ロシアや欧米、中国などを取り巻く今日の世界情勢に鑑みれば、今日の状況は来年も続くことになりそうだ。
(つづく)
<プロフィール>
和田 大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
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