2024年11月24日( 日 )

日常会話だけできる都合のよい奴隷!(3)

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「会話言語能力」と「学習言語能力」の2つの区分

 ――英語が国際語だという“幻想”から覚め、私たちはどんな英語をどれだけ学ぶべきなのでしょうか。

note_work 永井 そのことをご説明する大前提として、そもそも言語能力には「会話言語能力」と「学習言語能力」の2つの区分があることを知って欲しいと思います。会話言語能力とは、その言語で日常会話ができる能力です。つまり、挨拶をするとか、買い物をするとか、道案内をするとか、友達と昨日見たテレビの話をするとか、我々が普段生活する上で行う、ありきたりな日常会話ができる能力のことを言います。

 一方で、学習言語能力とは、その言語で高度に抽象的な内容を伝達・理解できる能力のことを言います。政治・経済問題に関して議論するとか、本や新聞記事や論文を読んだり、書いたりするとか、自分の主張を論理的にまとめて発表するなど、知的、論理的に言語を使いこなすことの能力を言います。ただ、間違えて欲しくないのは、「会話言語=話し言葉」、「学習言語=書き言葉」ではないということです。話し言葉でも、演説や学術的な議論では学習言語が使われ、書き言葉であっても、メールやLINEなどでは会話言語が使われます。
 
 学習言語能力は個人差がとても大きく、会話言語能力が自然に身に着くのに対し、学習言語能力は意識的に学習しないと身につくことはありません。日本語で考えてみればよく分かります。本や論文を見事に書ける人もいれば、書くことはおろか、読んできちんと理解できない人もいます。それとまったく同じ事です。つまり、ある言語が“できる”と言っても、いろいろな段階があることを理解することが重要なのです。

小学校低学年の日本語しか話せない大学生を輩出する

 「バイリンガル」と言う言葉があります。2カ国語が自由自在に使える人のことですが、本当のバイリンガルはほとんどおりません。バイリンガルは、言語能力の程度に応じて、(1)プロフィシェント・バイリンガル、(2)パーシャル・バイリンガル(3)セミリンガル(リミテッド・バイリンガル)の3つに分類できます。

 英語学習者の日本人を例にとってご説明します。(1)のプロフィシェント・バイリンガルは、日本語、英語ともに、平均的なモノリンガル(単一言語話者)並みに会話言語能力と学習言語能力を持つ人のことを言います。多くの日本人は、英語が少し話せると、バイリンガルだと思い、さらに漠然とプロフィシェント・バイリンガルをイメージしますが、実際にはプロフィシェント・バイリンガルは非情に珍しく、ほとんどいません。子供の頃、何年か英語圏に住んだだけでは話になりません。子供をプロフィシェント・バイリンガルに育てようとしたら、英語圏にいる時は英語とともに日本語で読み書きをみっちり学ばせ、日本にいる時は日本語とともに英語の読み書きをしっかり勉強させるなど、親がよほど計画的に育てる必要があります。

 実際に多いのは、(2)パーシャル・バイリンガルです。一方の言語(優位言語)については平均的なモノリンガルと同等の学習言語能力を持っているが、もう一方の言語については会話言語能力のみで学習言語能力はない、あっても低い人です。帰国子女の多くはこのパーシャル・バイリンガルに該当します。

 悲惨なのは(3)セミリンガルです。これは、どちらの言語も日常会話は問題ないが、どちらの言語でも大人が読むような本を読み、論理的に高度な議論をすることはできない人です。これでは、どちらの言語圏でも、高収入の知的な職業にはつけません。インターナショナルスクール出身者の中には、大学生なのに小学校低学年のような日本語しか話せない会話能力の日本人さえいます。アメリカにいる日本人の子供のうち、5%から10%がセミリンガルとも言われています。驚くべきことです。

英語も民族語も読み書き能力の最低水準に達しない

 仮に日本の小学校で、バイリンガルを目指したとしても、プロフィシェント・リンガルになる可能性は100%近くなく、パーシャル・リンガルもほとんど無理で、セミリンガルになる可能性が高いのです。つまり、小学校からの英語教育導入の結果、日本語も満足にできない大人が日本全国に輩出される可能性があるのです。国語や算数・数学、理科、社会の他の科目を日本語で学ぶ機会を削って、英語教育に充てれば、日本語の言語学習能力はつかなくなります。

 シンガポールでそのことはすでに検証されています。シンガポールでは、小学校1年から授業時間の過半を英語と民族語(主に中国語)に充てて、算数・数学と理科も英語で教えています。その結果、どちらの言語も読み書き能力の最低水準に達しないものが多いことが報告されているのです。時々、シンガポールを「早期英語教育」のお手本のように考える人がいますが、本当にその実態を知って発言しているのか、疑いたいぐらいです。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
nagai_pr永井 忠孝(ながい・ただたか)
1972年、熊本市生まれ。東京大学文学部言語学科卒。東京大学大学院人文社会系研究科言語学科博士課程単位取得済退学後留学。米アラスカ大学フェアバンクス校大学院人類学科にて博士号取得。米アラスカ大学フェアバンクス校外国語外国文学部 助教授を経て、青山学院大学経営学部 准教授。専門は言語学(エスキモー語)。著書に『北のことばフィールド・ノート』(共著)など。

 
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