「心」の雑学(2)選択をかたちづくるもの──無限の可能性が幸せとは限らない?
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選択の獲得
人生は選択の連続だ。朝の寒さに負けず、すっと布団から起きるか、昼食のメニューは何を食べようか、そんな日常の些細なことから、転職、結婚、病気の治療法などの人生の重大な決断まで、我々はときに多種多様な選択を迫られている。今回は、そんな「選択」について考えていきたい。
生きる=選択ともいえるが、実際には選択と感じられないほどに無意識的に行っているものも少なくない。では、選択するとは具体的にどういうことか。さらにいえば、我々はいつから選択ができるようになったのだろうか。
こういった疑問に答える心理学の一分野が、発達心理学である。発達心理学では赤ちゃんや子どもを研究対象とすることが多いが、特定の発達段階の対象(たとえば乳児など)への単純な関心だけで、この分野の研究が行われているわけではない。生後からの発達プロセスを追うことで、たとえば「人はいつから人間の顔を認識できるのか」「言語の能力は生得的なのか」などといった疑問を調べることができる。ちなみに、人間の一生という観点から捉えると、生まれる前の胎児の段階や、高齢化も1つの発達のかたちであり、発達心理学の研究対象だったりする。
それでは、選択という行動を掘り下げていこう。何かを選ぶためには、ある対象に注意を向けて、(物理的あるいは心理的に)接近する、ということが要素として考えられる。対象に注意を向ける視線の注視や、プレリーチングと呼ばれる手伸ばし運動は、実は比較的生後すぐの段階から見られる。ただ、このころの視線や運動はかなり反射的な側面が強く、意識的な「選択」と呼べるレベルにはまだ少し遠いと思われる。そして、生後5カ月ごろから、ハイハイによる移動を獲得し、さらに8カ月ごろからプレリーチングが発達することで、リーチングと呼ばれる対象への手伸ばしに加えて、ある程度対象の把持ができるようになる。筆者は、このリーチングに選択の起源があると考えている。
筆者らはリーチングの発達に着目し、ある程度言葉のやりとりができる2~4歳児を対象に、2つのぬいぐるみから好きなものを選んでもらう課題を繰り返す実験を行った 。その結果、熟慮的な選択は、4歳ごろから獲得され始めることが示唆されている。選択プロセスにおける視線行動を確認すると、2歳の段階では多少類似した特徴を見出すことはできるが、まだ成人のものからは遠く、4歳になると明確に成人とほぼ同等のパターンを確認することができた。さらに、選択するまでに対象を見比べた回数が、年齢とともに増加していくことが確認できた。1回の選択で対象(ぬいぐるみ)間を視線が移動した回数の平均が、2歳では1回を下回り、4歳では約1.5回だった。従って、2歳児は選択肢の両方を見比べることなく選択に至る傾向があり、4歳児は少なくとも両方の選択肢を見てから選ぶ傾向があるといえる。
この研究結果は、2~4歳ごろの発達にともない、人の抑制の機能が獲得されていくという点を考慮すると、より示唆に富む。従って、意識的に何かを選ぶためには、対象に注意を向けて接近することが必要なのだが、さらに、注意を維持しながら選択肢の比較ができること、そして比較の間は衝動を抑制し続けられることが不可欠だといえる。
比較にともなう労力
聞けば当たり前のことと思うかもしれないが、改めて選択には比較がともなうということを、発達の研究と絡めて紹介した。次に、比較に常についてまわる選択肢の問題について、いくつか研究を紹介したい。選択が自由意志だとすれば、その選択肢は多ければ多いほど良さそうに思えるが、実際はどうだろうか?
IynegarとLepperは、選択肢の数が選択におよぼす影響について検討している 。彼女らはいくつかの実験を行っているのだが、そのうちのジャムを扱った研究では、販促の効果を検討している。試食ブースに設置したジャムの種類を6種類と24種類の場合で比較したところ、24種類の場合のほうが試食ブースに立ち寄る人の数は多かったのだが、最終的に購入に至った割合は6種類の場合のほうが多かった。チョコレートを選んでもらう別の実験では、選択肢が6種類と30種類の場合を比較しており、その結果、選択したチョコレートへの満足度は30種類から選んだときのほうが低くなった 。一方で、選択そのものに対する感想では、30種類の場合のほうがより選ぶことへの楽しさを感じていた。しかし、同時に選択への難しさやフラストレーションも高く感じていた。
意識的な選択、とりわけ多くの選択肢からの選択は、なかなかに労力をともなうようである。投資のようなゲームを用いた研究では、多くの選択肢(11種類)をともなうプランを提示された条件では、選択肢のなかでより確実性が高いシンプルで明快なものを選びやすくなる傾向が明らかにされている 。情報を吟味しきれないほど選択肢が増えてしまうと、実利よりもわかりやすさへと走ってしまうようだ。ほかにも、就活を対象とした調査で、内定の数が多かった人ほど、就職後の満足度は低下する傾向がある、といった報告もある 。
このような選択肢の増加による選択の放棄や選択の満足度低下といった現象は、「選択のオーバーロード」と呼ばれる。新しいガジェット(たとえばPCやカメラ)を買うときを思い浮かべてもらうと、心あたりがあるのではないだろうか。調べるほどに候補が増え、また比較する内容も増えていき、結局何が自分に合うのかわからなくなって途方に暮れてしまう。選択肢が多いことは望ましいことのように思えるが、多すぎる選択肢からは必ずしも満足を得られないようだ。近年は、インターネットを介して、それこそ際限なく情報に触れることができる。収集した情報をただ並べれば、無限大の選択肢が生まれてしまう。このような選択のオーバーロードから逃れるためには、収集された情報を整理、要約して選択肢を絞るための判断力(と忍耐力)、あるいは精査された少数の選択肢を提案してくれるエージェントにたどり着く能力が求められる。無限の情報の海のなかで、ときには触れる情報を自ら絞り、狭めることも、現代社会で選択とうまく付き合っていくためには必要なのかもしれない。
1. Saito, T., et al. (2020). The gaze bias effect in toddlers: Preliminary evidence for the developmental study of visual decision-making. Developmental Science, 23, e12969, 1-7.
2. Iyengar, S. S. & Lepper, M. R. (2000). When Choice is Demotivating: Can One Desire Too Much of a Good Thing? Journal of Personality and Social Psychology, 79, 995-1006.
3. 6種類から選んだ参加者よりも相対的に低かったのだが、一応、30種類の場合も得点自体は不満に感じるほど低かったわけではないことを申し添えておく。
4. Iyengar, S. S., Wells, R. E. & Schwartz, B. (2006). Doing Better but Feeling Worse. Looking for the ‘‘Best’’ Job Undermines Satisfaction. Psychological Science, 17, 143-150.
5. Iyengar, S. S. & Kamenica, E. (2010). Choice proliferation, simplicity seeking, and asset allocation. Journal of Public Economics, 94, 530-539.
<プロフィール>
須藤 竜之介(すどう・りゅうのすけ)
1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は九州大学持続可能な社会のための決断科学センター学術研究員。小・中学生の科学教育事業にも関わっている。月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?
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