ウクライナ戦争終結に向けて、国連の役割を問い直す(4)
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元国連大使 元OECD事務次長
谷口 誠 氏
名古屋市立大特任教授
日本ビジネスインテリジェンス協会理事長
中川 十郎 氏終わりが見えないウクライナ戦争が続くなか、国連はどのような役割をはたすべきか。G20の新興国の勢いが増すなか、米国、ロシア、中国、「ポストチャイナ」と呼ばれるインドはウクライナ問題にどのように関与していくのか。国際経験が豊富な元国連大使の谷口誠氏と日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏が対談した。
「ポストチャイナ」のインドの将来
──「ポストチャイナ」といわれるインドは、これからどう発展しますか。
谷口 OECDは、中国とインドがこれからも発展すると予想しています。インドは世界最大の民主主義国家と言われていますが、身分を定めるカースト制度による貧富の格差があり、民主主義が目指す方向と矛盾しています。インドの経済が発展しても、カースト制度はなかなかなくならないでしょう。カースト制度がある限り、貧富の格差はなくなりません。
中川 インドは2027年にGDPベースで日本を抜いて、世界第3位の経済大国になると予測されています。インドの人口は増え続けており、現在の14億2,000万人が50年には20億人に増加、世界人口の5人に1人がインド人になると予想されています。インドが脚光を浴びるなか、米国は「インド太平洋経済枠組み戦略」を締結。さらに「QUAD」(米国、豪州、インド、日本)、「AUKUS」(豪州、英国、米国)で中国との対抗戦略を強化しています。日本もインドとの関係をとくに経済面で強化することが必要ではないでしょうか。
3月にインドを訪問した岸田首相は、インド高速鉄道プロジェクトに3,000億円の資金協力を約束、5月のG7首脳会議にモディ首相を招待しました。9月のインドでのG20首脳会議には岸田首相も参加します。米国、中国に次ぐ第3の大国となるインドを取り込む「インド太平洋構想」は、中国の広域経済圏構想「一帯一路」の対抗軸とみなされています。
しかし、日本としては両構想を融合し、アングロサクソンの「競争志向」ではなく日本の「和」の精神で、両構想をアジアの繁栄、ひいては世界の繁栄に導くべきではないでしょうか。21世紀のアジアの時代にあって、日本は巨視的な視点に立ったアジア戦略構築に尽力すべきだと考えますが、いかがですか。
谷口 インドは経済発展しても、簡単にはOECDに加盟しないでしょう。インドの外交はしたたかです。OECDを利用しても、インドのモディ首相が提唱している「グローバル・サウス」のリーダーとして、OECDとはあまり関係をもちたくないはずです。
私は、GDPの大きさだけで国力を比較することには賛成できません。GDPはある種の「神話」ともいえます。たとえば1年間で同じ土地を2回転売すると、GDPが2倍として計上されます。GDPを比較するだけでなく、その国の防衛力、文化力、教育力、科学技術力を総合的に見極めることが大切です。GDPが大きいから経済大国という考え方は改めることが必要です。
また、石橋湛山元首相がかつて主張した「小日本主義」を私なりに解釈すると、日本の人口が減って1億人を割り、欧州レベルの5,000~6,000万人レベルになっても、教育レベルと科学技術レベルを上げれば、「ミドル・パワー」として発展できると思います。日本の水準を高く保つことができれば、中国やインドが経済大国になっても恐れることはありません。
日本のこれからの外交
中川 アフリカには1,000万人ともいわれる多くの印僑がいるため、インドとアフリカの関係は歴史的にも深いです。かつて商社マンとしてインドのニューデリーに駐在していたとき、インド洋のモーリシャスを訪問しました。鉄鋼商社やマグロ業者のほとんどが、さらには大蔵大臣などの政治家も、インド系や中国系の子孫でした。日本もインドを通してアフリカとの政治、経済関係を深めるべきでしょう。その意味で、日本政府が長年注力しているTICAD(アフリカ開発東京国際会議)の強化がますます重要になります。アフリカの人口は21世紀末には50億人となり、世界人口の半分を占める人口大国になるとみられています。
一方、インドには2億人ものイスラム教徒がいるため、宗教を通じて中近東の諸国とも関係を築くことができます。日本は米国との関係だけを重要視するのではなく、インドや中国、将来発展するアフリカなどと協力を深め、多角的な外交を行うことが大切ですね。
谷口 「自由で開かれたインド太平洋構想」と中国が唱える「一帯一路構想」とは、お互いに対立しています。中国が主導する「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」に日本も協力していくことが必要ではないでしょうか。
中国はパプアニューギニアの開発で、中国企業が金や銀などの鉱物資源を開発して得た資源を自国で買い取りました。中国はアフリカや中南米、スリランカ、ギリシャ、ソロモン諸島などで開発を行ってきましたが、資源獲得が目的で相手国の経済を重視しない姿勢から、中国の開発は評判が思わしくありません。
日本はこれまでJICAなどが自国の利益を上げるよりも相手国の発展を助成することを重視して、技術協力を行ってきました。日本のODAは減っていますが、資金を援助するのではなく、教育や科学技術の支援など技術移転を重視する時代です。日本人が開発途上国に出向き、相手国の社会の発展を現地で手伝う姿勢が求められています。日本の若い世代が内向きにならず、大いに海外に出かけて活躍することを期待しています。
(了)
<取材後記>
谷口元大使は対談日の3月31日に93歳の誕生日を迎え、有志十数人でお祝いが行われた。【文・構成:石井 ゆかり】
<プロフィール>
谷口 誠(たにぐち・まこと)
1956年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、58年英国ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ卒、59年外務省入省。国連局経済課長、国連代表部特命全権大使、OECD事務次長(日本人初代)、早稲田大学アジア太平洋研究センター教授、岩手県立大学学長などを歴任。現在は「新渡戸国際塾」塾長、北東アジア研究交流ネットワーク代表幹事、桜美林大学アジア・ユーラシア総合研究所所長。著書に『21世紀の南北問題 グローバル化時代の挑戦』(早稲田大学出版部)、『東アジア共同体 経済統合の行方と日本』(岩波新書)など多数。
中川 十郎(なかがわ・じゅうろう)
東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒後、ニチメン(現・双日)入社。海外8カ国に20年駐在。業務本部米州部長補佐、開発企画担当部長、米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部・大学院教授などを経て、現在、名古屋市立大学特任教授、大連外国語大学客員教授。日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、国際アジア共同体学会学術顧問、中国競争情報協会国際顧問など。著書・訳書『CIA流戦略情報読本』(ダイヤモンド社)、『成功企業のIT戦略』(日経BP)、『知識情報戦略』(税務経理協会)、『国際経営戦略』(同文館)など多数。関連キーワード
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