NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
今回は5月16日発刊の第332号「低金利時代は終わっていない」を紹介する。
(2)低金利時代終わらず、利下げで高止まりしている実質金利低下へ
グリーンスパンの謎、再現
グローバルに潤沢な投資資金が依然存在し、5.25%まで短期金利が引き上げられたのに、米国10年債利回りは3.3~3.5%前後まで低下している。これは名目経済成長率7.1%(2023年第1四半期)の半分以下であり、依然として緩和的水準にあるともいえる(図表6)。金融引き締めの効果を金余りがしり抜けにさせているともいえるのだ。歴史的な利上げにもかかわらず、潤沢な投資資金が健在であることは、多くの人々にとってまったくの想定外であった。まさに2005年にグリーンスパン元FRB議長が謎といった事態がより強化されて再現されている(図表7)。
金利の下落余地大
とはいえ、インフレが一過性とすれば、長期金利はそれを織り込んでいない。TIPS(物価連動債)に基づく現在の実質金利は1.2~1.5%であり、2010年代以降最高水準にある(図表8)。この高水準は、FRBによる短期金利の引き上げに強く引っ張られていると見られる。FRBの政策転換がはっきりすれば、実質金利は顕著に低下していく可能性が大きく、それはリスク資産投資の誘因になるだろう。
背景にある恒常的資金余剰
40年ぶりの急激な金融引き締めにもかかわらず潤沢な流動性が変わっていないとすれば、その原因は何なのか。新産業革命による高収益と企業部門の過剰貯蓄が主因と考えるほかないのではないか。耐久財受注が軟調であり先行きの景気不安による投資抑制も理由には違いないが、それだけではこの潤沢な流動性は説明できない。
50年前のアメリカのリーディングカンパニーはGMやGEであるが、これら企業は儲かると工場を拡張し雇用を増加させ、次の経済拡大循環を引き起こしてきた。しかし、今のリーディングカンパニーであるアップルやGoogleは、儲かっても設備投資もしないし雇用もさほど増やさない。膨大な企業利益が需要創造と経済の拡大循環に結び付かないのである。その結果、企業の余剰は金融市場に滞留し、著しい低金利を引き起こしている。
図表9によって米国企業部門(非金融)の資金余剰(=フリーキャッシュフロー)を見ると、2000年ごろを境に恒常的赤字から恒常的黒字に転換したことが明瞭である。と同時に、米国長期金利は恒常的に名目経済成長率を下回るようになっており、両者の強い相関がうかがわれる。この企業の超過利潤と貯蓄余剰による低金利の趨勢は、今回のインフレと金融引き締めがあっても変わっていない、と結論づけてもいいのではないか。IMFも直近の世界経済見通し(2023年4月、第二章)において、長期的に実質金利(≒自然利子率)を引き下げてきた諸要因は変わっていないので、インフレが抑制されれば、先進国の中央銀行は金融緩和を行い、実質金利はパンデミック前の水準に戻る、つまり最近の実質金利の上昇は一時的なものである、と結論づけている。とはいえIMFは実質金利の長期低下趨勢は全要素生産性の低下によると想定しているが、それはハイテク革命によるデフレーター低下を過小評価していると思われ、筆者は疑問である。
(つづく)