【連載】党勢拡大に貢献もせず3選を目指す野田国義参議院議員(6)
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かつて全国最年少市長として世間の注目を集めた元八女市長・野田国義氏。小沢一郎氏の誘いを受け、2009年衆議院議員選挙で、秘書として仕えた古賀誠元自民党幹事長への刺客として立候補、比例区で復活当選した。13年に参議院議員(福岡選挙区選出)に転じ、現在に至る。衆参あわせ13年になるが、所属する政党の党勢拡大に貢献できていないどの声が聞かれる。本連載では、かつて北九州・福岡両市の首長ポストを押さえ、全国でも勢いがあった民主党(当時)が衰退した経緯およびそれに拍車をかけた野田氏の政治姿勢を問いたい。
(なお、本記事は政治メルマガの会員向けに以前に発信しているものと同じ内容のものですが、広く読者の方に読んでもらいたいとの想いから掲載しております)北九州・筑豊の知名度不足
8月29日、立憲民主党福岡県連主催で、県選出の国会議員と地方議員の政策懇談会が開催された。国会議員側からは、県連会長を務める城井崇・衆議院議員、稲富修二・衆議院議員、古賀之士・参議院議員、そして野田国義・参議院議員がそれぞれ講話を行った。この他に堤かなめ衆議院議員も出席している。
地方議員からは、幹事長を務める仁戸田元氣・福岡県議会議員、後藤香織・同県議会議員、井上麻衣・福岡市議会議員などが参加した。
内閣支持率低下で遠のいたとは言われるものの、10月の衆議院解散・総選挙もささやかれていた。一方、県内では日本維新の会の台頭が著しい。このタイミングで政策懇談会を行い、党の結束を再確認する意味は大きい。問題は党勢拡大が今後進むのかどうかである。
本連載で野田氏に対するさまざまな声をお伝えしてきたが、旧民主党時代からの地方議員は野田氏をどのように見ているのか。
選挙区や思想傾向も、さまざまな立憲の地方議員に尋ねてみると「野田さんは知名度という点では、市長経験もあり、県南ではよいが、北九州・筑豊となると、そうではない」などの声が聞かれた。実際、野田氏の日頃の活動を見ても、前回お伝えしたように八女市など県南に比重を置いていることがわかる。
しかし、参議院議員は福岡県全体が選挙区であり、福岡市や北九州市、筑豊地域の有権者のことも考えなければならないはずだ。
民主ОBの引退勧告
「可もなく不可もなくだね」。
こう語るのは、元民主県政クラブ県議団会長などを務め、現在、「九州の自立を考える会」の副会長を務める吉村敏男氏である。県議引退後も、吉村氏のもとには、現職の立憲の県議などが相談に来るという。「民主党時代から、参議院議員は2期で辞めている。特別な能力があれば別だけど」「2013年のときは、公募を行ったが、応じたのが野田氏だった」。
2013年7月の参議院議員選挙は、前年の衆議院議員選挙で民主党が大敗し、自民党に政権が復帰した直後の選挙であった。当時の参議院議員は、農水副大臣も務めた岩本司氏。2011年12月に、2010年の岩本氏の政治資金収支報告において、高級クラブやキャバクラの飲食代が計70万円以上も計上されていたことが発覚し、ワイドショーなどで全国放送された。当時の民主党福岡県連にとっては大打撃である。そこで、県連は連合福岡と話し合い、岩本氏を衆議院福岡4区に転出させる案が出されたが、岩本氏は応じなかった。当時の県連会長は、比例九州の衆議院議員であった野田国義氏。幹事長が吉村氏であった。
要するに、吉村氏の発言は、これまでの経緯を野田氏が十分認識しているなら3期は出ないはずだと暗に示唆するものだ。だが一方で、こうも付け加えた。「県連での話し合いは、これからだから」。
さらに続けて吉村氏は、「参議院議員として、市長時代の働きが生かされているとは思わないね」「それはほとんどみんなそう感じてると思うよ」と笑いながら断言した。
吉村氏は現役ではないとはいえ、いまだ立憲民主党福岡県連に大きな影響力をもっている。その吉村氏が「市長時代の働きが生かされていない」「みんなそう思っている」とまで発言したことは大きい。事実上の引退勧告と受け止めるべきだろう。
(つづく)
【近藤 将勝】
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