【経済事件簿】農業系ベンチャーの落とし穴 急速に変わりゆく農業ビジネス ビジネスチャンスの裏でトラブルも頻発
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「アグリテック」「スマート農業」というフレーズは、伝統的な農業と最新のテクノロジーを融合した「新しい農業」を象徴するものだ。これらの動きは、現代農業の注目されるトレンドである。経済のグローバル化が進行する過程で、日本は工業製品の輸出に重きを置き、農業は国外への依存度を高めてきた。その結果、農業は「保護」の対象となっているものの、過保護の状態では国際競争力が不足し、少子高齢化の進行と相まって、衰退が続いている。安全保障の観点からも、これらの問題はリスクの増大を意味しており、農業の改革が避けられない状況となっている。現在はまさに農業の大きな過渡期であり、これにはビジネスチャンスと落とし穴がともなう。2つの具体的事例を基に、これらの落とし穴を詳細に探ってみよう。
農業分野の成長戦略
農業分野の成長戦略において、規制改革の取り組みが強調されたのは、アベノミクスの第3の矢である成長戦略のなかでだ。2013年6月に政府は「日本再興戦略」を閣議決定し、今後10年で名目GDP成長率3%、実質GDP成長率2%を目指す方針を明らかにした。この戦略のなかには、「農林水産業を成長産業に変える」という具体的な目標が含まれており、農地の集積と集約化による農業の生産性の向上が掲げられていた。当時、環太平洋連携協定(TPP)の推進が進行中であり、これまで高い関税に守られてきた農業も、グローバルな競争環境に適応する必要があった。
「減反政策の廃止」「農協改革」「農地改革」といったポリシーは成長戦略の目玉とされていたが、それが完全に実現したわけではない。政府主導の農業改革は、掛け声倒れに終わった感は否めない。一方でテクノロジーの進展が「スマート農業」「アグリテック」の台頭を促している。少子高齢化と食料自給率の低下は日本が直面する大きな課題であり、これらの問題が年々深刻化している。しかし、これに対応する動きとして、テクノロジーの活用が進み、解決の糸口を探る機運が高まってきている。
農業の個人経営は減少傾向にある一方で、法人経営の農業は増加しており、1経営体あたりの耕地面積も拡大している。また、農業の大規模化と組織化も進行中である。円安の影響も国内農業にとっては追い風となり、農業系スタートアップの数も増加している。
注目の農業系ベンチャー
農業系スタートアップの先駆的存在として注目を集めたのがグリーンリバーホールディングス(株)(博多区)で、同社はIoTを活用した農業を志向していた。同社が開発した独自の「3D高密度栽培バイグロウシステム」は、縦型水耕栽培装置を採用した簡易植物工場で、作物の成長を自動で管理し、遠隔操作と監視が可能である。このシステムは、地産地消を推奨するモデルとして評価され、「スモール・ジャイアンツアワード2021」で特別賞を受賞した。
同社の創業者、長瀬勝義氏は宮崎県都城市出身で、実家は建設業を営む家庭で育った。大学卒業後は父の会社に入社し、財務を担当していたという。経営状況は厳しかったが、何とか再生の道筋をつけ独立。社員3名でスタートしたのが、03年8月に設立されたグリーンリバー(株)(以下、リバー社)だ。設立当初は父の会社での経験を生かし、新幹線関連工事などを手がけていたが、(株)九電工からの太陽光発電所の造成工事の受注が、会社の方向性を大きく変える転機となった。以前に太陽光発電設備のコンクリートの基盤を並べる工法で特許を取っていたが、それが標準工法として採用されたのだ。
太陽光発電事業はFIT(固定買い取り制度)を背景に急速に拡大。リバー社もこの波に乗り、業績を順調に伸ばした。太陽光事業での成功を基に、長瀬氏は新たな事業の可能性を探求し始めた。そして、既存の産業の生産性を向上させて新しい価値を創出するアプローチのもと、農業に目を向けたのである。
地方創生を目指し、農業生産とそのシステム販売に注力する農業系スタートアップ、グリーンラボ(株)(以下、ラボ社)は、15年2月に設立された。これにより、太陽光関連事業を展開するリバー社とラボ社が、ホールディングス会社の傘下に位置付けられる構造が確立された。「再エネ×農業」という時代のトレンドを捉えたビジネスコンセプトは注目を集め、投資も引き寄せていた。ラボ社は第三者割当増資により、18年8月に(株)FFGベンチャービジネスパートナーズから1億500万円、20年4月には(株)佐銀キャピタル&コンサルティングから2,000万円、同年5月には埼玉県深谷市から800万円を調達した。
しかし、その後のラボ社の農業事業は思うように進展せず、巨額の赤字が続いた。前述の資金調達だけでは、その損失を補てんするには至らなかった。リバー社の太陽光事業は堅調だったが、リバー社とラボ社の間の境界が曖昧になり、資金の流れが複雑化した。リバー社からホールディングスへ、そしてラボ社へと資金が流れるパターンが定着し、グループが混然一体となった資金繰りが常態化していった。リバー社の業績が支えであったが、21年にはその業績も急落。19年には35億円を記録した売上高が、21年には14億円にまで減少した。ラボ社の財務は厳しさを増しており、売上高が1~2億円程度で推移するなか、21年には債務超過額が11億円を突破。グループ全体も大幅な債務超過の状態に陥っていた可能性が高い。
22年に入ると、会社の状況はさらに混迷を極め、正常に機能することが困難となっていた。東京オフィスと久留米オフィスでは電話に応答する者もおらず、福岡オフィスではただ1人の社員が応対に追われていた。その社員によれば、「社長は資金繰りのために全国を飛び回っており、経営陣も財務担当も辞めてしまった。支払いを催促する電話も入るが、その都度、社長に報告している。会社はまだ倒産していないが、人手がなく、業務が滞っている」という状態であった。
今年3月には、リバー社に対する訴訟も起きている。訴えの内容は、工事の変更にともない発生した未払い代金に関するものだ。契約変更後の代金から、すでに支払われた金額を差し引いた8,100万円余りが未払いとして問題となっていた。原告側によると、支払い期限は遅くとも21年2月1日であり、未払い代金に遅延損害金を加えた金額の支払いを求めている。5月には、リバー社側が出頭せず、答弁書や準備書面も提出しなかったため、民法上の自白として、原告の主張を認める判決が下された。リバー社は業務だけでなく、裁判にも対応できない状態に陥っていたのである。
投資詐欺疑惑に発展
(株)アグリファーム宇城は、熊本県宇城市に本拠を構える農産物の生産、加工、販売を手がける会社である。この会社は、04年に「宇城共同出荷組合」として設立され、その後、鹿児島県や宮崎県へと生産委託や参加地域を広げていった。10年には、加工用や業務用の野菜の生産に乗り出し、さらなる飛躍を目指した。13年には、組織を任意団体から農事組合法人へと移行し、そのビジョンと活動の幅を拡大。15年には選果場と集荷施設を取得し、その基盤を一層強固にした。16年には、パナソニック(株)と手を組み、ハウス生姜施設の共同開発に取り組んだ。17年には、その活動範囲を佐賀県と長崎県にまで広げ、生産委託と参加地域の拡大をはたした。そして18年には、さらなる業務拡大と持続的な成長を目指し、株式会社へと変更した。
アグリファーム宇城の業績は、22年3月期に23億円の売上高を計上し、右肩上がりの成長を遂げた。一方で採算面は厳しい状況が続いており、資金に関するトラブルも次第に増加していった。トラブル増加の大きな要因は、この事業を投資案件として扱う目論見があったためだ。当初の計画では、出資金を集め、月5%の配当を目指していたという。しかし、出資法違反を避けるため、出資者が生産者から野菜を購入し、アグリファーム宇城に販売委託するというかたちを採用。月5%の配当を転売差益で還元する策を講じた。
しかしこの手法には、一般的に投資話に付きまとう疑問が浮かび上がる。なぜわざわざこれほどの儲け話を第三者に持ち掛けるのか、という疑問である。今回の場合、出資者として200万円程度から約5,000万円までの資金を提供した人々がいたようだが、そのような大金を投じた出資者へ利益を還元する動機が明確でない。そんなに儲かるなら自分で銀行から借りればいい話だ。
ビジネスを一気に拡大するため大量の資金が必要との考えもあるが、とくに大規模な設備投資が必要とも思えない今回のビジネススキームにおいて、大量の資金を募る理由が不明確である。加えて、出資から転売差益にビジネスモデルを変更した場合、消費税や所得税の負担も増え、利益の還元率は低下するはずであり、なんとも粗いスキームである。
これらの問題が顕在化し、利益の還元が困難となると、トラブルは一層増加した。現在、同社は熊本と福岡で複数の訴訟に直面しており、出資者からの資金返還要求、売掛金やレンタル料の未払い問題など、多様な訴えが起こされている。これらの問題の根底には、同社の不誠実な対応があると、出資者や取引先は怒りを露わにしている。
今年7月にアグリファーム宇城は事業を停止し、弁護士を通じて任意整理を進める旨を債権者に通知した。しかし、担当弁護士への連絡なども杜撰なようで、結果として関連会社の(株)アグリス九州とともに破産への道を辿ろうとしている。同社の代表は村上征子氏だが、実質的な経営を担っていたのは甥の畑野博樹氏であるといわれている。畑野氏はアグリファーム宇城の社員であり、アグリス九州の代表でもある。また、関連会社の(株)肥後の里の代表、金尾裕美氏は村上氏の姪で、畑野氏の姉弟にあたる。これらのつながりから、3社はいわば同族経営を展開しており、混然一体となって事業を進めていた様子がうかがえる。
コロナ禍の影響を受けたのは間違いないのだろうが、22年7月ごろには未払いを残す取引先に、銀行へ融資申し込みが進行中であると安心させつつ、一方で同年9月に畑野氏はひっそりと個人破産をしていた。資金繰りが火の車であったことは想像に難くなく、その場しのぎの言い訳を繰り返しながら、会社としても行き詰っていった印象だ。
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農業が変革期を迎えているのは間違いないが、「アグリテック」や「スマート農業」も玉石混交だ。現在の日本経済は、企業間競争の不足と新陳代謝の停滞が原因で、長年の問題が顕在化している状況である。中小・零細企業が淘汰され、企業間での「弱肉強食」が加速するのは避けられない。ビジネスチャンスと危険な落とし穴は紙一重であり、その見極めを誤れば、今回のような事態に巻き込まれる可能性がある。情報収集と精確な判断は、これらのリスクを回避するために不可欠だ。各企業、個人が情報収集力と判断力を高め、より一層のリスク回避に努める必要があるだろう。
【緒方 克美】
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