野党は岸田首相がやり損ねた「分配重視」を掲げて解散総選挙に備えよ(後)
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ジャーナリスト 鮫島 浩 氏
岸田文雄首相は就任当初、新自由主義から「新しい資本主義」に転換するとして「分配重視」を掲げたが、結局は企業減税や企業補助金といった財界重視の経済政策を続けた。その結果、株価は上がり、企業は過去最高益を出しているのに、庶民は物価高に喘いでいる。所得税減税も中途半端で、総スカンを喰らっている。本来ならば、アベノミクスで潤った大企業や富裕層に課税して分配することが必要ではないか。野党は、分配重視を掲げて今年行われる可能性の高い解散総選挙に挑むべきだろう。
色褪せた分配重視の旗印(つづき)
ところが、岸田首相の政策の軸はぶれまくった。コロナ禍に続いてウクライナ戦争が勃発して不景気が続くと、「分配」よりも「成長」を重視し、株価維持や企業支援を重視する税財政政策を強化した。物価高による電気代やガソリン代の高騰対策として、ガソリン税減税など庶民に直接恩恵がある政策ではなく、電力会社や石油元売大手に巨額の補助金を投じたのは、まさに「企業重視、庶民軽視」の経済政策の典型といえよう。この結果、電力会社や石油元売大手の業績は一気に好転し、過去最高益をはじき出したのである。
これでは安倍・菅政権と変わりはない。宏池会政権らしい「分配重視」の旗印は瞬く間に色褪せたのだった。
外交・安保でも宏池会の「軽武装」の伝統はあっけなく崩れた。岸田首相はウクライナ戦争を受けて米国のバイデン政権への追従姿勢を強め、防衛力の抜本的強化を打ち出し、米国などからミサイルや戦闘機を大量購入すると表明。さらには防衛費を大幅増額させる財源を確保するため、「防衛増税」(所得税、法人税、たばこ税)を打ち上げ、「増税メガネ」という不名誉なあだなをつけられることになったのである。
岸田首相が増税イメージを払拭するために昨年秋に打ち上げた所得税減税は、安倍政権がコロナ禍に断行した現金10万円の一律給付と比較して、①1年限定、1人4万円で「せこい」、②実施は翌年夏で「遅い」、③各世帯がどのくらいの減税を受けられるか「わかりにくい」、④住民税非課税世帯は7万円が給付されるのに働く人の恩恵は少なく「不公平」—として世論の猛反発を喰らった。内閣支持率は続落して岸田首相は「年内解散」を見送り、自民党内の「岸田離れ」が加速したのである。
大企業は円安株高で過去最高益をはじき出しているのに、庶民の暮らしは円安加速による物価高で困窮し、実質賃金も上がらない。岸田政権の経済政策は分配重視とは正反対に向かっており、自民党内の「擬似政権交代」はまったく機能しなかった。宏池会は30年ぶりに政権中枢に返り咲いたが、宏池会らしい分配重視の経済政策は復活せず、清和会が進めてきた弱肉強食の新自由主義を踏襲したのだ。
左右でなく上下を対立軸に
立憲民主党をはじめ野党が自公与党に付け入る隙はここにある。岸田首相が就任当初に打ち上げた分配重視の「新しい資本主義」の旗印を奪い取り、変節した岸田首相に成り代わって実行することを政権公約の目玉に据えればよい。岸田首相が手放した宏池会の政治的立ち位置を占領すればよいのだ。
具体的には「分配政策」を大胆に進めることである。アベノミクスで過去最高益を出すほど潤った大企業や、株高で大儲けした富裕層への課税を強化する法人税増税や金融所得課税の強化を掲げ、一方で庶民層に恩恵が大きい消費税減税や現金一律給付を断行する「富を再分配」を打ち出す。法人税減税を繰り返す一方、消費税増税を重ねて貧富の格差を拡大させてきた自民党とは正反対の経済政策を打ち立てるのである。
ところが、立憲民主党はまったく逆の道を進んでいるようにみえる。前回総選挙では共産党やれいわ新選組と共闘して「消費税減税」を掲げたのに、次の総選挙では消費税減税を公約から外すというのだ。
この背景には、民主党政権時代に、消費税増税に反対する小沢一郎氏に対抗するため、菅直人、野田佳彦、岡田克也、枝野幸男、安住淳氏ら現在の立憲重鎮たちが財務省と手を握り、消費税増税を進める自公民の3党合意を結んだ経緯がある。立憲を旗揚げした枝野氏が前回総選挙で代表として野党共闘を優先して消費税減税を公約に掲げたことを「間違っていた」と明言したのは、立憲が財務省との親密な関係に縛られて「消費税増税志向」から抜け出せないことを物語っている。
泉健太執行部で党運営の主導権を握る最高顧問の野田氏、幹事長・岡田氏、国対委員長・安住氏は元来、財政再建を重視する消費税増税派だ。彼らは消費税をはじめ財源をしっかり確保したうえで「分配」するという立場だが、財務省の財政収支均衡論に縛られている限り、十分な分配は実現できない。まずは貧富の格差の是正を最優先課題に掲げ、「大企業・富裕層への課税強化」と「消費税減税・現金一律給付」による「徹底した分配政策」を打ち出せば、擬似政権交代に失敗した自公政権との明快な対立軸をつくることができる。
だが、現在の立憲民主党は、貧富の格差の是正を一大争点に掲げる「上下対決」よりも、ジェンダー・環境・平和といったイデオロギーの「左右対決」を掲げる傾向が強い。左右対決を続けている限り、コアな野党支持層の共感を得て現職が当選できる程度の議席を維持できるからだ。
だが、これでは政権交代は起きない。自民党の思うつぼである。
永田町では「日本社会は右が3、左が2、無関心が5」といわれる。国政選挙になると投票率は5割にとどまり、右(自民)が左(野党)に「3対2」で競り勝ってきた。左右対決を続けている限り、政権交代は起きにくい。自民党は「貧富の格差の上下対決に持ち込まれるのが一番怖い。憲法改正や防衛力強化といった左右対決をあえて演出し、上下対決の構図をつくることさえ阻止すれば、投票率はさほど上がらず、政権を維持できる」(閣僚経験者)としたたかだ。
野党は今こそ、岸田首相が掲げて放り出した「分配政策」を前面に打ち上げ、大企業や富裕層への課税強化と、一般庶民に恩恵のある消費税減税と現金一律給付を共通公約に掲げ、自公政権との「上下対決」に持ち込むべきだ。立憲と維新は野党第一党の座を争っているが、両者の対立は憲法改正や安全保障など左右イデオロギー論争の様相を強めている。これではどちらが野党第一党になったところで、自公与党との上下対決の構図はつくれない。
左右勢力を包含して「徹底した分配政策による格差是正」を旗印とした野党再編を実現し、自公与党との上下対決の構図をつくり出すことができるか。
ポスト岸田が誰になるかということよりも、今年に行われるであろう解散・総選挙の行方を左右するのは、野党再編の成否であるといっていい。
(了)
<プロフィール>
鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校、京都大学法学部卒業。1994年、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年、39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年、特別報道部デスク。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年、福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月、49歳で新聞社を退社し独立。著書に『朝日新聞政治部』『政治はケンカだ! 明石市長の12年』(共著)。
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