経済小説『落日』(65)デジャビュ2
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谺 丈二 著
暗さに目が慣れたところで石井は壁際の役員席に座っている井坂を見た。井坂は下を向いて居眠りをするように目を閉じている。石井は井坂の心中を思った。暗さは弧の世界を高め、悲しみも感動も増幅する。映画という物語を通じてそれぞれが自分の思いと事情に向き合う最高の環境が「暗い空間」に違いない。人は暗いところでは勇敢にも臆病にもなる。
「速いですね。じっくり考えて書いてもらっていいんですよ。時間はたっぷりあります」
映画が終わると間もなく感想を提出した石井に久我が言った。
「久我さん、ちなみにアルバトロスが朱雀屋で船長が井坂さん、クルーが社員というわけか」
「え、何のことですか?」久我が石井の提出した感想文に目を落としながら怪訝そうに言った。
しばらくすると、感想文を書き終えた参加者たちが流れるように久我にその用紙を手渡し、部屋を出ていく。部屋の端の方に場所を移して、石井は見るともなくその流れを見ていた。
「石井さん・・」
振り返るといつの間にか両手にコーヒーの紙カップをもち、その1つを石井に差し出しながら高杉が立っていた。
「なにがいいたいんですかね、井坂社長は」
「さあ。しかし、社長が映画ファンとは知らなかったな」部屋の端に移動すると、2人は椅子を向い合せにして座った。
「結構お好きらしいですよ。でも、あの映画の意味がよくわかりませんが…」
高杉が首をかしげた。
「アルバトロスはこの国の言葉ではアホウドリだ。警戒心が薄いうえに体が大きく、いきなり飛び立てず簡単に捕まるからこの名がついた。意味深だよね」
高杉の言葉を受けて石井は上目づかいに笑いながら天井の辺りに眼をやった。
「石井さん、当社がうまくいかないのはなぜですか?」
しばらくの沈黙の後、高杉が話題を変えるように石井を見て言った。
「真面目に聞いているの?」
「もちろんです」
「そうは思えんがね・・」石井は高杉に皮肉を交えた笑みを向けた。
「強いていえば、1つは君たち商品部のご破算で願いましては精神の欠落じゃないのか」
「なんですか、それは?」
「同じパターンでの成功を求めるなってことだよ」
「具体的にいうと」
「君たちバイヤーは利幅の大きい商品と販売実績のあるものを繰り返し、重ねてより多く販売しようとするよね」
「儲けが大きく、売れ筋ですから追いかけますね」
「でも、繰り返し使う消耗品じゃない限り、お客は飽きる。その飽きる時点で一気に商品を切り替えるのがご破算で願いましてはということだよ」
「陳腐化の見極め能力ですか?」
「売場でも商品でも陳腐化したものを放置すれば、それは必ず売場を腐らせる。一度陳腐化したものは小手先の改善では元には戻らないからね。無理に売ろうとすれば、価格を下げるしかない。それを繰り返せば通常価格で物は売れなくなる。つまり、お客の信頼が消えるってことだ。だからこそ君たちに求められるのは四六時中の現状否定だ。そのためには先を読む能力も要る。普通の努力でこの2つをクリアするのは容易じゃない」
「結論は我々の努力不足ですか」
「もちろん、経営にも問題はある。君たちにその努力を要求しないという部分でね」
「そうは言っても現実的には前年実績商品をゼロにというわけにはいきませんからね」高杉が不満げに口をへの字にした。
「それは程度問題じゃないの。必要以上に余計なものをもっていると新たなものは手にできない」
「そりゃそうかもしれませんが、実績はある程度当てになるものですからね」
「そうだね。でも仕入れの1割も残れば利益はマイナスということに気が付かなくてはね。君たちにはそのリスク意識がない。経営陣はそこまで気が付かないからね。思い切った自己改革は君たち自身がやらなくちゃ」
「口でいうのは簡単ですが実際には難しいですね」高杉はコーヒーを口に運びながら吐き捨てるように言った。
「ほかに問題は?」
「基本的には情で経営してしまったことだろうな」
「情?」
「うん、情で部下を見ると見られる方は必死で上の顔色をうかがいながら仕事をする。しかし、上の顔色を見ながらの仕事は大方うまくいかない。うまくいかないと次は失敗しないために極力何もしないようにする。何もしなければ失敗もないからね。井坂さんが一番嫌う無為の横行だ」(つづく)
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