九州の観光産業を考える(25)顔パスの優越と憂鬱
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顔は名刺代わり今昔
顔認証で支払いを済ませる社会実験が熊本市電でなされたことは先月号に書いた。利用者から色よい反応を得られず、導入へ足踏みとなった。そこには認証速度の問題より、どこかに保存される自分の顔の数列データと、随時にウェブ上で照合される気味悪さに抵抗感が示されたように思われる。
顔認証は生体認証の一方法としてすでに社会へ採り入れられている技術だ。法務省出入国在留管理庁は、2019年7月24日の羽田空港を皮切りに、成田、関西、福岡、中部、新千歳および那覇の各空港で、顔認証ゲートの外国人出国手続における運用を開始している。21年7月からは、東京国際空港ターミナル(株)が羽田で顔認証システム「Face Express」を開始。乗客の“顔”と航空会社に登録された“顔データ”とを突き合わせ、搭乗手続きを“顔パス”とする。スマホアプリでの事前登録による一層の簡便化も準備中だ。
こうした手続きの迅速化をサービス提供と謳うが、顔認証の多くはセキュリティ確保が眼目だ。警察やインターポールの情報と紐づければ、犯罪者追跡にも使えよう。が、変装名人のルパン三世やイーサン・ハントは、登録データの改変と併せ、監視ゲートをもう何度も突破しているように思えてならない。いずれにせよ“顔にもの言わす”には、仕込みと覚悟が肝心なようだ。
優越の作用・反作用
社会的ステータス誇示としてのナマの“顔パス”は老舗会員制クラブあたりへ入場する際、煩わしい本人確認の手間をかけさせない。「やま」「かわ」といった合言葉は必要なく、ドアマンが顔を一瞥するだけで入室を許される。その日の着こなしや同伴者を称賛する一言を、微笑みとともに添えられたりもして。常連客やVIPにのみ許される特権だ。
クレジットカードも観念的には“顔パス”に近い。まばゆい色ほど“顔”の威力は増す。空港のVIPラウンジ、百貨店の外商顧客応接室でかしずかれるには、ナマ顔がステータスを築きあげる歳月はほぼ無関係で、年収や購入額貢献実績が尊ばれる。
こうした金満式“顔パス”は、まれに御目こぼしや揉み消しを招くようで、セキュリティ面ではいささか問題含みだが、オフラインならではの安心感がある。
貧富を問わず万人に公平な顔認証システムなら、今どき無人店舗あたりで常連客は決済を行うことができそうで、冷凍餃子と引き換えの“顔パス”ではさほどの優越感はもてないものの、“顔(の特徴量との一致)”が信頼の証になっていることに違いない。スマートフォンのロック解除、特定空間への入退室、ホテルのチェックイン、電車の自動改札、こういった身近なところで顔認証が利用されるようになっている。
さりとて、個体識別がことさら必要とされない日常の敷衍(ふえん)的なサービスに、自分の素性を質量的にいちいち詮索される居心地悪さは敬遠されるのが、熊本市電の顔パス実証実験から見えた現状の社会認識とうかがえる。丸裸状態の個人情報。オンライン上に流出したら取り返しようもない。うっとうしいインフラを誰しもあてがわれたくない。
顔認証より顔認識を
観光マーケティングで使い出があるのは顔認識だろう。顔検出で画像内の人の数をまず算出する。顔認識で顔の特徴を解析し、性別や年代を識別し、感情を読み取る。カメラが捉えたこれらのヒト情報に、各人の懐状態は含まれず、基本、匿名性は保たれる。
さらには、画像から人間の行動を自動で認識する行動認識という技術がある。たとえば、一人暮らしの老人が家のなかで転んだ場合、自動的に助けを呼ぶとか(転倒検出)、商業施設で不審な行動をする人物がいた場合に警報を発動するとか(異常動作検出)だ。
笑顔を検知しシャッターを切る自動カメラはまだあるのだろうか。笑顔の判断はコンピューターにプログラムされるアルゴリズムによってなされ、メーカーにより異なるらしい。大爆笑か微笑みか差はあれど、スマイルを捉えてくれるのだろう。食酢メーカー(株)Mizkanは22年11月24日、AIカメラ「しあわせ、ぽん!カメラ」を開発し「食卓にあふれる何気ない『しあわせ顔』を撮る」と謳う。酸っぱい顔は笑顔に似てなくもないが・・・。
スマホ搭載のAIカメラは進化し、現実世界と虚構世界を合成した写真すらこしらえる。量子コンピューターと結ぶAIカメラなら透視能力をいかほど発揮するのだろう。登場を期待するのは、群衆を捉え、顔1つひとつの表情の背後にある心の動きを解析する技術とそれを評定するアルゴリズム。特定の環境に置かれた消費者の意思を、連鎖する動作から解き明かす曼荼羅。設問文や調査員に誘導されがちで忖度も働くアンケート調査ではなく、消費者心理の直撮り。
それにより、人々のレジャー行動の機微を分析し、より仔細なマーケティング戦略構築へ向かう。大人数を対象とし、個人認証の“顔Pass”とは無縁。集客事業において顧客満足度を頭数の多寡で測らず、表情筋を介し感情の処理を捉えてその嗜好を商品/サービスへ具現化していく。データ一辺倒でなく、ヒトの勘に頼るでもない。
ディズニーのパークではアトラクション出口や飲食テーブルを遠望し “顔Path”検証をやっていそうな気がする。
<プロフィール>
國谷恵太(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?
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