2024年11月13日( 水 )

【クローズアップ】長崎スタジアムシティは「神殿」(パンテオン)になれるか

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~オンライン、祝祭空間、日常を連続させるコンテンツ事業への挑戦~

(株)ジャパネットホールディングス

 (株)ジャパネットホールディングスは自らをリスクオーナーとして総事業費1,000億円を投じた「長崎スタジアムシティ」の運営をスタートさせた。また、同グループは年明けに衛星放送事業の本格化も予定している。テレビ通販で独自の事業を確立した同グループが目指すものは何か。

長崎市街の希少な平坦地 2018年、再開発事業に選定

 10月14日、長崎スタジアムシティが開業した。スタジアムシティは(株)ジャパネットホールディングスが事業主として民間主導で建設した大型複合施設で、7.5haの敷地にはサッカースタジアムを中心に、多目的アリーナ、オフィスビル、ホテル、商業ビルが一体化している。運営はジャパネットHDの子会社・(株)リージョナルクリエーション長崎が行う。

スタジアムシティのフロアマップ2F 出所:長崎スタジアムシティ公式HPより(一部改編)
スタジアムシティのフロアマップ2F
出所:長崎スタジアムシティ公式HPより(一部改編)

 スタジアムシティ開発の発端は、2018年に三菱重工業(株)が行った同社長崎造船所幸町工場の跡地活用策の公募にある。先立つ17年、ジャパネットHDはJリーグのプロサッカークラブであるV・ファーレン長崎(現在J2)を買収していた。同クラブは諫早市にあるトランスコスモススタジアム長崎(長崎県立総合運動公園陸上競技場)を本拠地としていたが、ジャパネットHDはV・ファーレン長崎の新たな本拠地となるスタジアム建設を中心計画として応募。ほかにはJR九州などを含む5つの企業グループが応募したなかで、ジャパネットHD案が選定された。

 ジャパネットHDは22年からスタジアム建設に着手、当初計画で予定事業費を500億円程度としていたが、その後、建設が進むにつれて費用が増大し、最終的に総事業費は1,000億円を超えたとしている。

スタジアムを中心に多様な施設を連結

 施設はスタジアムを中心にして、北側に多目的アリーナとオフィスビル、スタジアムに並行してホテル、南側に商業ビルが建つ。

スタジアムとホテル、左奥がオフィスビル、上空を横切るケーブルはジップライン
スタジアムとホテル、左奥がオフィスビル、
上空を横切るケーブルはジップライン

 サッカースタジアム:天然芝のグランド上は野天で、約2万席の座席上を庇が覆う。観客席からタッチラインまではJリーグ規定の最短である5mで、日本で最も間近でサッカー観戦ができるスタジアムだ。V・ファーレン長崎の本拠地として年間20試合程度(24年の同クラブのホーム試合数は21)のホームゲームを行う。

 アリーナ:屋内型の多目的アリーナ。座席数は約6,000席。20年にジャパネットHDが創設したプロバスケットボールチーム、長崎ヴェルカの本拠地として年30試合のホームゲームを行う。屋上には2面のフットサルコートと、2面の3×3コートがある。

 ホテル:14階建、客室243室。世界で唯一サッカースタジアムの真横に建てられたホテルで、客室ベランダとレストランからグランドの試合を眺めることができる。

 オフィスビル:12階建、1~3階が商業施設、4~11階がオフィスフロア。オフィスビルとして長崎県内で最大規模。

 商業ビル:7階建、商業施設や学習塾、アミューズメント施設、最上階に温泉・サウナ・休憩施設などが入居する。

 フードホール:スタジアムの2階東側にあり、施設全体のメインコンコースとして北側施設、南側商業施設、ホテルをつなぐ。

 ジップライン:全長258m、オフィスビル屋上から商業ビルに向かって張られたワイヤーを伝ってスタジアム上空を滑空できるアミューズメント施設。

施設全体に伝わるスタジアムの興奮

 一般的なスタジアムはイベント時のみ開放されるが、スタジアムシティはスタジアムが常時開放されている。グランドに入ることはできないものの、イベントがない日も公園のようにスタジアム内を行き来し、ベンチに座ったり、スタジアムに出店している常設店舗にオーダーしてスタジアム内で食事をすることができる。

正面がスタジアム、右がフードホール、左が商業施設。 スタジアムの興奮が施設全体にじかに伝わる
正面がスタジアム、右がフードホール、左が商業施設。
スタジアムの興奮が施設全体にじかに伝わる

 スタジアムでサッカーやコンサートなどのイベントが開催されるときは有料スペースが閉鎖される。だが、施設全体をつなぐ2階フードホールは施設全体のメインコンコースとして常時開放されており、イベントに参加しない一般客も自由に行き来して、フードホール中央のテラスを通してスタジアムの様子をうかがい知ることができる。そして何より、スタジアムで開催されているイベントの興奮は、直結している商業施設、オフィスビル、ホテルにもじかに伝わる。スタジアムシティがコンセプトとする、日常的な商業・ビジネス空間と非日常的なスタジアムの祝祭性の連続が空間として体現された施設となっている。

原則キャッシュレス 専用アプリと「スタPay」

 スタジアムシティ内での決済は原則キャッシュレスとなっている(ただし、ローソンと長崎初出店のフードウェイだけは現金決済可)。さまざまなキャッシュレス決済が利用可能だが、スタジアムシティの専用アプリをインストールすると専用決済「スタPay」の利用が可能になる。専用アプリは各種施設の利用予約や空状況を確認することができ、さらにスタPayを利用すれば予約・オーダーからモバイル決済まで簡単に行うことができる。

 たとえば、フードホールの飲食店のオーダーは店舗ごとではなく、スタジアムシティ内に多数設置されたセルフオーダー機あるいは専用アプリで行うことになっているが、専用アプリを利用すればスタジアムシティ内のどこからでもオーダーが可能で、店舗ごとの待ち時間の確認や、料理ができあがると通知も届く。そのほか、駐車場の精算など、スタPayのモバイル決済はイベントの混雑時に圧倒的に便利であり、専用アプリとスタPayの利用に誘引する導線となっている。

スタジアムシティの立地 ロープウェイ問題

 長崎市街の観光エリアは、平和公園、原爆資料館がある北エリアと、めがね橋、新地中華街、オランダ坂、グラバー園がある南エリアに分かれる。その中間の南側寄りにあるのがJR長崎駅で、スタジアムシティは長崎駅より1km北、徒歩15分の場所にある。スタジアムシティは北と南の観光エリアの中間地点として、車あるいは路面電車による通過地点に位置している。

 23年11月、JR長崎駅にアミュプラザの新館がオープンした。アミュプラザとして博多駅に次ぐ規模で、高級ブランドからお土産物屋まで多くのテナントが入居しており、今後、観光客や地元住民にとって商業施設の中心になると予想される。スタジアムシティは長崎駅から徒歩でいける距離だが、もともと三菱重工業の工場跡地であったため周囲や長崎駅との間には観光客を誘引する商店はなく、スタジアムシティを目的としない観光客の自然な回遊は期待できない。

 また、スタジアムシティ計画には1つ誤算があった。稲佐山にのぼるロープウェイをスタジアムシティまで延伸する計画が暗礁に乗り上げていることだ。長崎市を見下ろす夜景の名所として知られる稲佐山だが、スタジアムを運営するリージョナルクリエーション長崎は、20年に長崎市が管理する稲佐山公園とロープウェイの指定管理者となった。それも後のスタジアムシティまでの延伸を想定してのことだ。ところがその後の長崎市との折衝の結果、周辺住民の理解などを理由として長崎市から延伸は難しいとの回答が出た。これに対して高田旭人社長は指定管理契約の期限となる25年での撤退の可能性も示唆している。ロープウェイの延伸は、路面電車で移動する観光客をスタジアムシティに誘引する強力な導線になると考えられていた。

 だが、ジャパネットHDがそもそも民間主導でのスタジアムシティ建設を選んだのは、独自コンテンツの発信による集客とグループ全体としての収益力の確保を戦略の本筋としているためだ。

25年1月にBS10開局 スタジアム×BSの発信

 (株)ジャパネットたかた(以下、ジャパネット)は1990年にラジオショッピングを始め、94年にテレビショッピングに進出した。ジャパネットが放送を通して行ってきたのは単なる商品紹介によるウリ込みというより、先代の高田明前社長の人懐こい人間味で商品演出するコンテンツメディア業の様相があった。独特の放送コンテンツと、カタログ誌や折り込みチラシを用いたクロスメディアで実売に結びつけ、独自の通販事業を確立した。他の家電通販大手、ヤマダ、ヨドバシ、ビックカメラが安さと品ぞろえで勝負するのに対して、ジャパネットはテレビ的な演出による「1点推し」を売り込み手法とする。その手法で売れるものは何でも売り、物販だけでなく国内のクルーズ旅行なども実績を重ねている。

 ジャパネットの販売スタンスは今後も変わりはない。ジャパネットHDはテレビ的な囲い込み手法への強いこだわりを示しており、グループとして22年に開局した独自の衛星放送『BSJapanext』と、今年6月に買収した映画専門チャンネル『スターチャンネル』を統合して、来年1月に新たな衛星放送『BS10』を開局する。BS10は無料放送のなかで有料放送を並行展開する。

 長崎スタジアムシティはコンテンツの「神殿」として、サッカーやバスケットといった多様なコンテンツ発信の拠点となる。スポーツコンテンツを媒介として、リアルな体験空間としてのスタジアムシティへ誘い、旅行での遠隔地から呼び込みも狙う。スタジアムシティの専用アプリからはオンラインコンテンツへの導線とし、仮想のオンラインと実体のスタジアムシティの両面で体験空間を提供することが、ジャパネットの狙いに他ならない。また、スタジアムシティはホテルや高級レストラン、スタジアムとアリーナのVIPルームなど、富裕層向けの施設を大きく確保して広い顧客層の取り込みも狙う。

現状は中身のない箱 今後のコンテンツ投資が焦点

 もう一度、リアルなスタジアムシティの集客力の問題に戻ろう。スタジアムシティはイベント時だけ営業するスタジアムではなく、商業施設と飲食店街が営業する複合施設として平時の集客力が必要だ。

アリーナの内部。4面巨大ディスプレイがおろされている状態
アリーナの内部。
4面巨大ディスプレイがおろされている状態

    集客拠点の1つ、多目的アリーナは、屋内型の施設であり床面がコンクリートになっていることから、バスケットボールの試合だけでなく、大相撲の長崎巡業の会場としても利用予定のほか、舞台を設置してのコンサートや演劇、フロアでの展示会、モーターショーなど多様な利用が期待される。

 課題は、施設内の公園としてコンコースと座席を開放したスタジアムの利用だ。天然芝のスタジアムは用途が限られており、現時点ではホテルの宿泊客向けにピッチをキャンバスに見立てたレーザーショーを実施する程度の予定にとどまっているが、これは先述の通り、ジャパネットグループとしてスタジアムを起点にしたオンライン連携の独自コンテンツを開発できるかにかかっている。そのように考えると、総事業費1,000億円がコストの全体ではなく、これからいかにコストをかけてコンテンツを生産できるかにスタジアムの価値はかかっているといえる。

 ジャパネットグループ全体の売上高は23年12月期に2,621億円。ジャパネットHDの高田社長は、スタジアムシティの売上高は約100~150億円を想定するとしている。総事業費1,000億円については「25~30年間での回収を見込む」としているが、これがスタジアムシティ単体での回収目標か、グループ全体におよぼす増収効果を織り込んだものかは不明だ。

 いずれにしても、単なるスタジアム運営ではなく、広範なメディアと実業ノウハウを駆使して、前例を見ない大規模でクリエイティブな新規事業に自らリスクを取って乗り出したジャパネットHDの挑戦を見守りたい。

【寺村朋輝】


<COMPANY INFORMATION>
代 表:高田旭人
所在地:長崎県佐世保市日宇町2781
設 立:2007年6月
資本金:1,000万円
売上高:(23/12連結)2,621億円

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