2025年01月20日( 月 )

戒厳令発令の背景とその意味を問う~韓国はどこに向かおうとしているのか~(6)

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鹿児島大学名誉教授
ISF独立言論フォーラム編集長
木村朗

 韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が11月3日夜、「非常戒厳」の宣布を発表した。
 これを受けて戒厳令に抗議する市民多数が国会議事堂の周りに集まった。また急遽国会議員も国会に駆けつけて、翌日未明には素早く戒厳令解除の要求を議決した。
 このため大統領は4日早朝には、戒厳令を解除すると表明した。戒厳令発動の2時間後に国会が戒厳令反対の決議をし、6時間後に戒厳令が解除されたわけである。
 このあまりに突然の出来事に、韓国国民だけでなく世界中の人々が驚愕した。今回の戒厳令発動から解除までの経緯を振り返りながら、韓国で一体何が起こっていたのか、その背景と意味するものは何か、また今後どのような展開となるのかを改めて考えてみたい。

今後の韓国の民主主義の行方
~弾劾決議の採択か、第二の戒厳令か?~

ソウル 夜景 イメージ    韓国の尹大統領が戒厳令について7日午前10時に発表した謝罪談話は次の通りである。

「尊敬する国民の皆さん、私は12月3日夜11時をもって非常戒厳を宣布しました。約2時間後の12月4日午前1時ごろ、国会の戒厳令解除決議により軍の撤収を指示し、深夜の国務会議(閣議)を経て戒厳令を解除しました。

 今回の非常戒厳宣布は、国政の最終責任者である大統領としての切迫感から始まりました。しかしその過程で国民の皆さんに不安を与え、不便をおかけしました。非常に申し訳なく、驚かれた多くの国民の皆さんに心から謝罪します。私は今回の非常戒厳宣布について法的、政治的な責任問題を回避しません。

 国民の皆さん、再び戒厳令が宣布されるだろうという話がありますが、明確に申し上げます。第2の戒厳令のようなものは決してないでしょう。私の任期を含め、今後の国政安定のための方策は与党に一任します。」

 この尹大統領の謝罪談話を受けて、野党側は次のような行動を起こしている。

《韓国の与党「国民の力」の韓東勲代表は8日、韓悳洙首相との共同対国民談話を発表し、尹錫悦大統領を「職務から排除」し、外交や国防など国政全般を首相と協議して行う方針を示した。国会の弾劾による職務停止の代わりに「秩序ある退陣」を名目に掲げ、大統領の進退に関する決定を先送りしたうえで、国政の主導権を握り、政治的活路を見出す構えだ。法曹界と市民社会は一斉に「超憲法的発想」だと批判し、野党は「内乱幇助犯の2次クーデター宣言」だと反発した。》
「ハンギョレ新聞」2024-12-09

 野党はこの提案を違憲として大統領の弾劾を要求。今月14日に新たな弾劾訴追案を提出する計画だ。これに先立ち9日、韓国法務省当局者は尹大統領の出国を禁止した。

 韓国国防省は9日、尹大統領が依然として最高司令官であり、米国との同盟に混乱はないと表明した。

 韓国の検察は10日、尹大統領の側近で戒厳令を出すよう助言したとされる金竜顕前国防相を内乱と職権乱用の容疑で逮捕した。検察は金竜顕氏と共謀した「首謀者」と見なす尹大統領への捜査を本格化させる構えだという。

 韓国警察の国家捜査本部は11日、大統領府や警察庁、ソウル地方警察庁などへの家宅捜索に乗り出した。そして、趙志浩警察庁長官と金峰植(キム・ボンシク)ソウル警察庁長官の身柄を拘束したと発表した。

 韓国の首都ソウルの国会前などでは、市民が尹大統領の辞任を求めて平和的な抗議活動を続けている。尹大統領は、早期退陣の要求を拒否して闘う姿勢を見せている。大統領による「内乱罪」に関する捜査が進むなか、尹氏に対する2回目の弾劾訴追案が提出される見込みで、採決は14日に実施される公算が大きい。与党内でも弾劾を支持する動きが広がりつつあり、野党側は尹大統領の弾劾決議を採択されるまで何度も続ける構えだ。

 これに対して与党側はできるだけ政権の延命を図るための時間稼ぎをしている。今後の展開において、「秩序ある退陣」に重点を置いた与党と、「尹大統領弾劾」を推進する野党の間で衝突が長期化する可能性が高い。

 最大のポイントは最大野党・共に民主党で次期大統領選に出馬するとみられている李在明代表の裁判結果が出る来年5月までに弾劾決議の採択と憲法裁判所の判断がどうなるかである。尹大統領は「最後まで闘う」と表明しており、何らかの形での逆転が起きないとも限らない。いずれにしても、それまで 与野党の激しい駆け引き・攻防が続くことは間違いない。

 最後に、日本の対応についてここで少し触れておきたい。

 石破茂首相は4日の談話で、「他国の内政について、あれこれ申し上げる立場にはございません。しかしながら、昨晩の戒厳令発出以来、私どもとして、特段の、かつ重大な関心をもって、注視をいたしておるところであります。(中略)
韓国訪問についてはまだ何ら具体的に決まっているものではございません。いずれにいたしましても、現地の状況を、重大な、そして特段な関心をもって注視をしておるということでございます。」と述べている。

 つまり韓国の情勢の展開を見守るだけで、在留邦人の保護以外は何らの対応をしないという傍観者的な姿勢だ。

 ここで、注目されるのが、恵泉女学園大学教員・NPAコーディネーター代表の李泳采先生の韓国緊急情勢報告(李泳采さん@恵泉女学園大学教員)「情勢はまだ緊迫している」である。
※関連動画「NPA-TV緊急速報【韓国情勢】尹錫悦大統領の戒厳令その後

《民主主義を、一握りにもならない権力をもった1人が、またもや40年前のように軍隊を出して権力を維持しようとしていること、この国のすべてを壊そうとしているこの姿は信じられません。悲しい現実を悲しいと感じる暇もなく、次々と明らかになってくるクーデターの全貌に唖然としているだけです。昨夜ソウル大学で、70年戒厳令の時代のように、何十年ぶりかで1万名の学生集会がありました。全国で1カ月間1万名以上の教授や研修者たちが尹大統領退陣の声明を出しました。海外での学者や同胞たちの連帯運動も広がっています。国民がこの寒さでもキャンドルを持ち上げて「大統領弾劾可決」を訴える全国規模の集会が予定されています。しかし、残念ながらいま、その可決の見込みはまだ不透明な状況です。危機感に包まれている与党議員たちは、自分たちの国会が武装軍人に踏みつぶされて逮捕される直前であったのにも関わらず、いまだに尹大統領を守ろうとしています。それは権力交代が起こると、自分たちの議員権力も危うくなるという恐れ、自身の保身を図りたいという気持ちの表れでしょう。クーデターの共犯勢力です。

 弾劾案は、議員の2/3賛成で200票が必要ですが、野党だけでは8票が足りません。韓国社会の力だけでは、今のこの事態を止めるのは無理なようにも見えます。正気を失った子どもが銃を持って何をするかわからない「尹大統領」の現状は「殺人武器」でしかありません。韓国の今回のクーデターは、法制度のなかで、緊急条項という権力者の特殊権限を利用して、議会と言論を止めるクーデターです。アメリカのトランプ政権でも、日本など世界のどの民主主義国家でも活用できる新しいタイプのクーデターです。このタイプを許してしまうと、どの国でもその悲劇か起き得ます。韓国でこれを認めるわけにはいかない、という責任感もあります。

韓国が「反日国へ回帰」
左翼による国会制圧に対する尹大統領の対応としての戒厳令
日本も緊急条項を検討すべき
韓野党の左翼政権になると親北となり、日米韓の安保に亀裂
日本の安全保障はまたも危険

 といった日本のメディアの論調をみていると、絶望感が先になりますが、韓国市民社会へ連帯する日本市民の皆さんの声は、大きな力と日本政府への圧力にもなると思います。メディア報道への抗議と、尹政権への批判は力にもなり、日本を“大好きな”韓国「国民の力」保守議員たちへの圧力にもなると思います。どの国でも独裁者や、民主主義を破壊し権力を維持しようとする人に対し、民主主義を標榜している日本国としては、反対を表明すべきだと思います。政治政党は権力を獲得するための活動ですが、それは憲法や民主主義ルールの上で自由競争をすることを意味しています。そのルールを破壊しながら権力を維持していく人を、いくら日韓友好関係をつくった親しい友人だと言っても認めることはできないでしょう。それは自分の民主主義への理解、品格を見せるものではないでしょうか。》
新時代アジアピースアカデミー(NPA)より)

 この李泳采先生の魂のこもった心からの訴えに真摯に応えることが私たちに求められている。それは韓国での戒厳令発動に明確に抗議するとともに、日本でも緊急事態条項を盛り込んだ憲法改正に反対の意思表示をすることに他ならない。

 今回の戒厳令の発動・解除の過程を固唾をのんで見守るなかで、韓国の勇気ある市民と国会議員の強烈なパワー・行動力に圧倒される想いを多くの人々が抱いたのではないだろうか。民主主義の危機に直面した隣国の政治動向から日本が学ぶべきことは多い。

※なお、本稿を執筆するにあたって、ハンギョレ新聞、朝鮮日報、中央日報など各紙を参照させていただいたことをお断りします。

(了)


<プロフィール>
木村朗
(きむら・あきら)
1954年生まれ。北九州市出身。北九州工業高等専門学校を中退後、福岡県立小倉高校を卒業。九州大学法学部、同大学院法学研究科(博士課程在籍中に交換留学生としてベオグラード大学政治学部留学)、同法学部助手を経て、88年に鹿児島大学法文学部助教授、97年から同学部教授(20年まで)。専門は平和学、国際関係論。鹿児島大学名誉教授。日本平和学会理事、東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会共同代表、国際アジア共同体学会理事長、元九州平和教育研究協議会会長などを歴任。

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