皇室典範“改悪”は天皇制の危機だ

『週刊現代』元編集長 元木昌彦 氏

 高市早苗政権の無法ぶりが目に余る。国旗を敬い、愛国心を育てるためだと、時代錯誤の「国旗損壊罪」を無理やり成立させたと思ったら、愛子天皇の可能性を潰し、天皇制そのものを危うくする「皇室典範」“改悪”まで、ろくに議論もしないで成立させてしまった。

議論なき皇室典範改正

 これは高市早苗首相と麻生太郎副総裁が仕組んだ「クーデター」ではないのか。

 麻生の手下である森英介衆院議長が、皇室典範改正の各党派協議で議論してこなかった「旧皇族の15歳以上の男子を養子にし、その男子が結婚して男の子をもうければ、その子は皇位継承権をもつ」という案を、突然入れると発言した。当然ながら、野党からは「聞いていない、重大な裏切りだ」と猛反発され、森議長は慌てて釈明に追われた。

 しかし、この案が撤回されることはなかった。高市首相も麻生副総裁も、女性天皇、女系天皇には「絶対反対」の立場を明確にしていた。しかし、7~8割の国民は「愛子天皇」を待望し、日本国憲法第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある。総意に基づかない人間が天皇になることは、憲法違反ではないのか?

 だが、ずる賢い高市首相と麻生副総裁は、憲法第二条を持ち出す。第二条には、「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」とある。皇室典範さえ改正してしまえば、国民の多くが反対しようが、少数野党やマスメディアがこぞって批判しようが、知ったことではないという態度が見え見えであった。

「旧宮家養子案」に前のめりだった高市政権

 昨年10月20日に自民党と日本維新の会が交わした連立政権合意書には「古来例外なく男系継承が維持されてきたことの重みを踏まえ、現状の継承順位を変更しないことを前提とし、安定的な皇位継承のため、皇室の歴史に整合的かつ現実的である『皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とする』案を第一優先として、令和八年通常国会における皇室典範の改正を目指す」とあった。

 衆議院選挙前の1月21日に発表された自民党の政権公約にも、旧宮家養子案を「第一優先」とした皇室典範改正を入れていたのである。

 高市政権は「養子案」に前のめりだったのだ。だが、有権者やメディアも、愛子天皇待望論が多くの国民の支持を集めている今、女性天皇を絶対認めないというところまでは踏み込めないだろうと、楽観視していた。それが甘かった。

「万世一系」「男系継承」という虚構

 自民党超保守派や維新の会が主張する「万世一系」「天皇は男系で継承されてきた」というのは作り話である。保守派の論客・佐伯啓思も『月刊日本』7月号のインタビューのなかで、「天皇が神話の神々からつながる存在だというのは虚構」だといっている。事実、天皇は男系男子が継ぐと明記されたのは、明治22年(1889年)2月11日に大日本帝国憲法と同時に制定・発布された皇室典範であって、それ以前はなかったのだ。

 世の中すべてが男性上位だった時代は変わり、現代は男女同権の時代である。2024年10月に国連の女子差別撤廃委員会(CEDAW)から、男系男子のみに皇位継承を認める皇室典範の規定について、「皇位継承における男女平等を保障すべきだ」と正式に勧告されたことは記憶に新しい。

 先日、天皇皇后が訪問したオランダやベルギーは、王位継承を男子優先、あるいは男子限定としていたが、憲法改正を行って、性別を問わない「絶対長子(第一子)優先」へと変更している。イギリスはもちろん、スウェーデンやノルウェーも同様である。世界に冠たる女性差別の国ニッポン。恥ずかしいことである。

麻生太郎氏と「新宮家」をめぐる疑念

 今回の皇室典範改悪を、麻生太郎の「クーデター」だとみる向きもある。その理由はこうだ。麻生の妹の信子さまは三笠宮寛仁親王と結婚し、夫が逝去した後は、母親の百合子さまが当主を務めていた。信子さまは寛仁親王の生前から別居しており、百合子さまが亡くなると、長女の彬子さまが本家である三笠宮家の当主を引き継いだ。

 さらに皇室会議で、異例中の異例だが、信子さまが新たに独立の生計(宮家と同等の扱い)を営むことが正式に認定され、新しい家名として「三笠宮寛仁親王妃家」が創設されたのである。この「異例」な新宮家創設の裏には、麻生の力が働いたのではないかといわれている。

 今回問題になっている「養子案」には、こういう筋書きがあるのではないか。信子さまが旧皇族から養子を迎え、その男性が将来結婚して男の子をもうければ、その子が天皇になる。そうなれば、麻生は天皇の「外戚」になり、かつて平安時代中期から行われた、藤原北家の人間が摂政や関白に就任して天皇の代わりに政治を行う「摂関政治」を狙っているのではないのか、というものだ。

 「麻生家の野望」、笑い話のようだが、麻生なら考えそうではある。

旧宮家当事者も否定する養子案

 しかし、80年近く普通の市民として生きてきた旧宮家に、養子になろうという該当者はいるのだろうか?
 朝日新聞デジタル版(6月30日午後2時)は、終戦直後に皇籍を離脱した旧11宮家の1つ、久邇宮(くにのみや)家の三男・久邇朝宏氏(81)をインタビューしている。そこで久邇朝宏氏は、養子案について「(皇室に戻ることは)相当な覚悟が必要」としたうえで、自身の子や孫に打診があっても「やめなさいという」と述べている。

 旧宮家の男系男子を養子に迎える案は「15歳以上」とするが、久邇氏は「15歳の年齢なら、それまで自由な空気を吸って生きてきたわけで、皇室の生活になじむのは難しいと思います」という。

 だが、久邇氏は、皇室の安定的な継続については必要だと感じている。ただ、「なぜ天皇が男性でなければいけないのか。(総理の)高市さんがあれだけ頑張っているでしょ。女性も頑張れば上がれるんだというのを証明してくれたわけで、女性天皇でも別にいいじゃないと思っています」と話している。

 私が推測するに、麻生は候補者をすでに見つけているのではないか。そうでなければ、あれほど拙速に改悪した理由がわからない。

なぜ愛子天皇の可能性を閉ざすのか

 もう1つ、高市と麻生が愛子天皇を排除した理由があると、私は考えている。

 麻生や高市の“底意”のなかに、現天皇に対する“反発”といっては言い過ぎかもしれないが、何らかの思いがあるような気がしてならないのだ。

 象徴的だったのは、昭和改元から100周年の節目を記念して、4月29日に日本武道館で行われた政府主催の「昭和百年記念式典」である。

 天皇皇后両陛下が入場する際、式典副委員長の木原官房長官が先導した。昭和43年(1968年)11月の「明治百年記念式典」では、式典委員長の佐藤栄作首相が先導していた。

 こうした皇室の式典では前例が踏襲されてきたが、今回はなぜか、首相から官房長官に格下げになったのである。

 それだけではなかった。式辞を高市首相が述べ、「日本列島を、強く豊かに」などとトランプ大統領のようなキャッチフレーズを嬉々として主張したが、なぜか、天皇の「お言葉」はなかった。

 その翌日、異例なことに宮内庁が、「両陛下は歴史から謙虚に学び、終戦以来、人々のたゆみない努力によって築き上げられた平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切との思いで式典に臨まれていた」という両陛下の考えを公表したのである。

 「周辺有事発言」で日中関係に亀裂を生じさせ、いまだに中国首脳と話し合いもできず、アメリカのトランプ大統領にべったりで、防衛費のGDP比2%への前倒し、憲法九条を“改悪”して自衛隊を軍隊にし、戦争のできる国へ変容させようとしている高市首相が、式典で天皇のお言葉を封殺したのは、「歴史から学び、平和を守る」という言葉を聞きたくなかったからではないのか。

 今の上皇・上皇后の時代から、戦争中に多くの日本人が亡くなった沖縄や広島、長崎、サイパンなどをめぐる慰霊の旅は、現天皇・皇后にも受け継がれ、最近は愛子さまも同行している。

 そこでは必ず、二度と悲惨な戦争は起こさず、平和を守り続けるという談話を出される。

 だが、高市首相は、それが気に入らないのではないかと想像する。

 しんぶん赤旗日曜版(6月14日付)の「金平茂紀のメディア日誌」には、こう書いてある。

「今から26年も前、高市早苗衆議院議員(当時)は、憲法調査会で憲法前文の以下の有名な一節に嚙みついた。〈日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した〉。彼女はこう言い放った。『このおめでたい一文を改憲の機会があれば真っ先に変えようと思っています』。おめでたいのはどちらか」

 週刊文春(7月16日号)に、安倍晋三元首相と高市とのこんなエピソードが載っている。

「安倍氏が高市首相の政治姿勢を厳しく叱ったこともあったという。安倍氏が十五年に発表した七十年談話。『侵略』『お詫び』などの言葉を盛り込み、歴代内閣が示した立場を継承した。
『安倍氏は保守層の反発を十分に想定した上で、専門家や側近の意見を幅広く聞き、談話の発表に踏み切った。すると、高市氏が乗り込んできて「なんでこんなもの(言葉)を入れたんですか!」などと食ってかかったのです』(安倍氏側近)
 しかし、安倍氏はピシャリと叱りつけたという。
『君は政治の現実を何も分かってない!』」

 さらに、先の佐伯もこういっている。

「高市総理も若手議員のころ、日本の戦争責任に関して、『私は戦争の当事者ではないのだから、反省などしていない』と言っていました」

 自分が安倍政権時代を超える圧倒的な数を持つ自民党のトップになり、これまで退けられてきた自分の“怨念”を晴らそうと、戦争と平和にこだわり続ける天皇皇后の長女・愛子さまの天皇即位の芽を潰し、戦争のできる国に変容させるために、憲法九条改正を一気に数の力で押し切ろうとしているのではないのか。

国民不在の改正が招く天皇制の危機

 もし、旧皇族の男性が「天皇の親になれるのなら」という“野心”をもって皇室に入り、下心をもった女性と結婚して男の子をもうけ、その子が天皇になるとしたら、国民はそっぽを向き、天皇制そのものが崩壊への道をたどるのは間違いない。

 皇室典範を改悪した直後、高市政権の支持率が急落した。毎日新聞は18、19日に世論調査を行い、内閣支持率は41%。前回6月調査の51%から10ポイントも落ちた。

 内閣不支持率は44%で、不支持率が支持率を上回り、逆転した。

 朝日新聞も同日に全国世論調査(電話)を実施している。

《皇族数の確保に向けた改正皇室典範が成立したことを受け、この法改正が国民の理解を得られていると思うか聞いた。「得られている」は24%で、「得られていない」の60%が上回った。
 高市早苗内閣の支持率は53%で、6月調査の60%から下落した。昨年10月の内閣発足後、60%台を維持してきたが、初めて50%台になった。不支持率は35%で、6月の27%から上昇した。》

 当然だろう。国民の声を聞かず、暴走する高市政権“崩壊”の始まりである。(以下次号)

(文中一部敬称略)


<プロフィール>
元木昌彦
(もとき・まさひこ)
『週刊現代』元編集長 元木昌彦 氏『週刊現代』元編集長。1945年生まれ。早稲田大学商学部卒。70年に講談社に入社。講談社で『フライデー』『週刊現代』『ウェブ現代』の編集長を歴任。2006年に退社後、市民メディア「オーマイニュース」に編集長・社長として携わるほか、上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。日本インターネット報道協会代表理事。主な著書に『編集者の学校』(講談社)、『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)、『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、『現代の“見えざる手”』(人間の科学新社)、『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)など。

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