2025年01月10日( 金 )

【新春トップインタビュー】九州全体をひとつのエコシステムに 半導体誘致、MaaSなどで連携深める

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(一社)九州経済連合会
会長 倉富純男 氏

 2024年、半導体ファウンドリ大手TSMCの熊本第1工場が竣工、九州MaaSがサービスを開始したほか、2回目のツール・ド・九州も成功裏に終わった。九州の各県単独ではなく全体で社会・経済活動を行う機会が増え、その重要性への認識もますます高まっている。「九州はひとつ」を掲げ、半導体産業の振興や九州MaaS、ツール・ド・九州の実質的な事務局を担う(一社)九州経済連合会の倉富純男会長に、これらの取り組みや今後の展望について話を聞いた。

九州広域でMaaSを展開

(一社)九州経済連合会 会長 倉富純男 氏
(一社)九州経済連合会
会長 倉富純男 氏

    ──九州MaaS()のサービスを2024年8月に開始しました。

 倉富純男氏(以下、倉富) MaaSを九州地域戦略会議で取り上げ、(一社)九州MaaS協議会を設立して準備していたもので、昨年8月1日にサービスインしました。トヨタグループの「my route」アプリを使って展開しています。

 利用データを蓄積していくと、九州で人がどう動いているか、つなぎが悪く動きが止まる場所はどこか、といった地域交通上の課題が見えてきます。九州MaaSはそれら地域全体の交通課題を解決する試みであり、最大の狙いは、よりスムーズに回りやすい九州を実現し、地域住民の足を確保することです。このように広域に取り組んでいるほかの地域はなく、そういう意味で日本にとっても先駆的で、斬新な取り組みだと自負しています。

 経路検索と商品購入がすべて1つのプラットフォームで使えます。商業との連携など可能性は大きいと思います。博多や天神に行けば買い物もでき、割引も受けられるという商品が最も多く、電車、バス、フェリーなどの交通商品やツアー商品も販売しています。決済まですべて完結しています。従来ある商品に加え、新しい商品も開発していくことが重要です。現在、九州を中心に約100事業者が参画しており、うち約70が交通系事業者です。

 ──各事業者にも、利用者のルートやサービス利用状況などのデータが共有されるのでしょうか。

 倉富 データの共有は今後の課題です。細かくしすぎると必要な情報が埋もれる恐れもありますし、個人情報の管理も課題となります。まずはより多くの人に使ってもらい、データ集積を進めるのが今年の大きな目標です。

 ダウンロードは100万件を達成しました。大きな成果であり、単なるアプリとしてではなく、真に交通課題を解決する取り組みとしての評価を得ていると思っています。利用者の多くは九州在住ですが、今後はインバウンド旅行者に入国前にインストールしてもらい、事前決済などで活用してもらうことが重要だと思います。

 この取り組みは5年以上前に構想を始めたものですが、その意義が事業者にも徐々に理解されてきました。国交省からも評価され、補助金も受けています。他地域の経済団体などからも、「どうしてこういうことができたのか?」「何をしているのか?」といった質問を受けています。実現までのプロセスが関心を惹いているようです。22年6月の九州地域戦略会議の承認から約2年をかけて、ようやくかたちになったという感じですが、サービス開始から3年程度で一定の実績を示していくとともに、利用状況と認知度についての地域差も解消していくことが必要であり、分析と協議を経て、最終的な目標を定めていきます。今後、利用者や観光客の増加など、各事業者としても費用対効果が測れる段階に進むことが期待されます。そのなかで九州MaaSの最終目標を具体化し、全体を通じた成果を出せるようになるはずです。

※MaaS(Mobility as a Service):ITと各種交通手段を組み合わせた次世代のモビリティサービス ^

半導体を軸に連携深める

 ──TSMCの第2工場も着工します。

 倉富 九経連でも半導体関連の業務の比重がますます高まっています。各地域で情報が強く求められており、熊本県に一番情報が集まっているかもしれませんが、熊本以外での展開についてははっきりしない部分も多く、全体像をつかむのは容易ではありません。九経連としても九州の半導体産業関連の情報をすべて把握できているわけではありませんが、九経連に相談してもらえれば、抱えている課題を少しでも解決できる可能性が高まるという理解が、少しずつ浸透してきていると思います。

 九州地域戦略会議で「新生シリコンアイランド九州」というビジョンを掲げ、九州各県が歩調を合わせて取り組む方針を示しました。個別の誘致競争はあると思いますが、情報共有や協力を通じて地域全体がつながりをもち、全体の価値を高めていくべきだと思っています。こうした流れが九州全体の追い風になります。九経連は経済団体として、九州全体をバックアップし、引っ張るという点で主導的な役割を担う存在であり、この「どうつなげるか」を実現するという役割を担っています。

 国や大学、研究機関、金融機関との協力も進んでいます。また、台湾との連携をさらに深め、九州全体として日本の成長の一翼を担う役割をはたすべきだと考えます。台湾と各地域との交流や意見交換の場も増えており、こうした動きを通じて、九州全体が一体感をもちながら、各地域の持つ強みを最大限に活かす取り組みをさらに進めていく必要があります。TSMCの第1工場建設は納期に合わせて工事を仕上げ、稼働に間に合うよう従業員を採用するなど、日本側の実績も台湾に評価され、日本の誠実さが台湾に伝わっているようです。その結果、台湾との交流が進み、とくに金融機関の往来など経済面でのつながりが強化されています。台湾の地方の首長の訪日などの人的交流も増加しています。観光を含めた人の交流が進むことで、さらなる効果が期待されています。定期便の就航により、荷物だけでなく人の交流も加速しています。このように、半導体産業協力の効果は多方面に広がっています。

 ──九州地域戦略会議が6月に策定したグランドデザインはどのようなものでしょうか。

 倉富 九州全域におよぶサイエンスパークの構築を目指しています。大学や研究機関、企業が連携し、高度人材やスタートアップを集積することで、地域全体の発展を目指します。半導体の次世代研究や、それを活用する企業の誘致、新たな事業の創出などにより、エコシステムを構築することが目標です。九州全体で連携を深め、強力なエコシステムをつくり上げることが求められます。

 台湾では1,500ha規模の大規模なサイエンスパークがあり、日本でそのような広大な土地を確保するのは難しいのですが、各県が連携し、力を合わせることで、十分な成果を挙げることができるでしょう。

九州の良さを再確認

 ──ツール・ド・九州が無事に2回開催され、今年は長崎と宮崎両県も加わり会場が5県となります。

 倉富 自転車競技としても非常に完成度の高い基盤ができました。福岡、熊本、大分に加え、宮崎と長崎が一緒に参画することで、競技の認知度もさらに高まってきています。

 大きな目標はより多くの欧米豪の観光客に高付加価値の旅行商品やアドベンチャーツーリズムの商品を利用してもらい、インバウンドを活性化させることですが、同時に九州で育った人、とくに若年層の人たちに、九州の良さを広く知ってもらい、「九州で働こう」「九州を元気にしよう」と思うきっかけを提供することも最終的な目標の1つです。昨年の最終日には福岡の宗像市・岡垣町のコースに行きましたが、九州にこんなに美しい自然やすばらしい道があるのだと再認識しました。

 ──コースとなった地域に自転車で訪問する人が増えることが期待されます。

 倉富 それらを自転車で訪問しやすいよう整備を進めていくことが、今後の課題の1つでして、「ナショナルサイクルルート()」として国による認定を受けるためには、トイレや休憩所の整備など一定の基準を満たす必要があります。これらの整備が進むことで、自転車愛好家にとってさらに魅力的な場所となるでしょう。大会のため多くの予算が投じられており、地域全体のインフラを向上させることも期待しています。

 大会を通じて九州の一体感を高めることが重要です。道がつながっていることを生かし、九州全体が1つになって取り組むことで、大会の価値をさらに高めていけると思います。選手たちも頑張りますし、応援する人々も一丸となって盛り上げています。訪れる人だけでなく、住んでいる人も含めて地域の良さを感じてもらえる大会にしていきたいと考えています。ツール・ド・フランスの規模にはおよばないとしても、「九州にも良い大会がある」と評価されるレベルに引き上げたいという思いで取り組んでいます。

 今年は、九州の良さを誰にどう伝えるか、いかに次のステップにつなげていくかを考え、より具体的なかたちをつくる年にしたいと思っており、九州全体の発展にもつなげていきたいと考えています。

 将来は九州全県で開催できるよう、地域全体で協力し合うことも重要です。2回の開催を経て、大会の価値や可能性がより明確になってきたと感じます。自分たちの県の魅力を再発見し、それを県民に知ってもらいたいという思いは共通していると思います。

※ナショナルサイクルルート:自転車活用推進法に基づき、サイクルツーリズム推進を目的とし、19年に創設された制度 ^

農林水産業の競争力強化へ

 ──九経連でも農畜産物・水産物の輸出に以前から力を入れています。

 倉富 九州はやはり農林水産業が強みの1つで、全国の2割を占める規模をもち、産業の柱の1つに成りえます。以前からしっかり取り組むという考えをもっています。国際的な視野で見ても、世界的に不安定な状況のなかで、食料安全保障の重要性が高まっており、食料自給に資する農業を意識しないといけません。

 農業が産業として成立し、付加価値をつけるには、輸出が非常に大切です。たとえば、日本産水産物の輸入規制緩和が見込まれる中国に対して、日本酒や米のおいしさなどの魅力を発信する取り組みがしばらくできずにいましたが、再開できるでしょう。中国には14億人の人口がいて米を主食とする文化があり、市場は非常に大きいです。ほかのアジア市場も重要で、シンガポールや香港などの市場とも連携しながら、輸出を着実に進めてきています。日本国内では魚の消費量が減少していますが、中国市場やインバウンド需要を活用すれば、漁業関係者も収益を上げることができると期待しています。

 農業を本当に稼げるものにするためには課題が残っています。また、後継者不足や耕作放棄地増加も深刻で、農業を持続可能なものにしていく取り組みが求められています。スマート農業や法人化、大規模化などを進める必要があるものの、九州には中山間地が多く、広大な農地を活用できる北海道などと比べると異なる難しさがあります。

 日本の農業は技術面で強みを持つものの、恒常的に費用対効果の高い形態で運営する仕組みが求められており、その構築をサポートすることも九経連の役割です。また6次産業化することで経営の安定性が増し、生産者が直接利益を得られる仕組みを構築できます。生産者が海外とネットワークで直接つながり、一番稼げるような体制を整えることが「稼げる農業」「稼げる水産業」へのカギとなります。

イノベーションを誘発

 ──会長を務められるTEAM FUKUOKAでは多くの国内外企業を誘致していますね。

 倉富 現在33社となり、東京に次ぐ増加率です。福岡県と福岡市が足並みをそろえて一緒に頑張っていることが大きく、国の特区制度も追い風になっています。また、福岡では「天神ビッグバン」「博多コネクティッド」といった都市再開発が進み、そうした企業を受け入れる基盤が整ってきている点でも、タイミングが非常に良く、いろいろなものが噛み合っていると感じています。

 半導体などの産業が大きく成長しようとするなかで資金が必要となっており、その循環を支える金融機能が求められています。たとえば台湾の銀行3行が福岡に進出しました。台湾の研究者や投資家も九州に注目するなか、彼らを受け入れ、金融機能を整えることが重要です。

 コロナ禍を経てオフィス需要が変化し、より先進的なビルや、BCP(事業継続計画)の観点から評価されるオフィスが求められるなかで、その要請に応えることができるオフィスが整った福岡は、企業と金融機能が集まり相乗効果を生むのに相応しい都市です。

 ──今春開業予定のONE FUKUOKA BLDG.には、ケンブリッジ・イノベーション・センター(CIC)も入居予定です。

 倉富 これも重要な要素で、金融機能が整うとスタートアップが集まり、イノベーションが促進されます。単独での開発は難しい時代であり、こうした化学反応を起こす場が必要です。CICは今後、福岡や九州全体に大きな影響を与えるでしょう。次のイノベーションを起こすために必要な高度人材の育成や投資の基盤となります。多言語化も求められており、とくに福岡では英語が通じる環境を整えることが、国際都市として不可欠です。

 地域の一体感や国際競争力をさらに高めるため、九州全体でこうした取り組みを進める1年にしたいと思います。

【茅野雅弘】


<プロフィール>
倉富純男
(くらとみ・すみお)
1953年生まれ、福岡県うきは市出身。78年青山学院大学卒、西日本鉄道(株)入社。都市開発事業本部商業レジャー事業部長、取締役常務執行役員経営企画本部長などを経て、2013年6月に代表取締役社長就任。21年4月から代表取締役会長。同6月、九州経済連合会会長に就任。福岡県経営者協会会長、九州経営者協会会長も務める。

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