日本製鉄によるUSスチール買収は米国にとっての経済的侵略か
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国際政治学者 和田大樹
年が明け、日米間に大きな亀裂が走りそうな状況だ。バイデン氏が1月3日、日本製鉄によるUSスチール買収を禁止する方針を正式に発表した。バイデン氏は以前から買収に懐疑的な立場だったが、日本製鉄による買収は米国の象徴的な鉄鋼企業を外国の支配下に置くものであり、米国の安全保障やサプライチェーンにリスクをもたらすことから、USスチールを保護することは米国の大統領としての責務だと主張した。
これによって買収は極めて難しくなったといわれるが、日本製鉄側は徹底抗戦の構えに徹している。今回のバイデン氏による判断には政権内でも懐疑的な声が聞かれ、日本の経済界の間でも、USスチール従業員の雇用を守るなど米国の利益になるにも関わらず、同盟国である日本の鉄鋼企業による買収を安全保障上の理由で拒むことは理解できないとの見方が支配的である。
今後はすべてトランプ氏に委ねられることになるが、トランプ氏も以前、「かつて偉大で強力だったUSスチールが外国企業、今回のケースでは日本製鉄に買収されることに断固として反対する。買収者は注意すべきだ」などと投稿したことがあり、買収阻止を覆すような決定を行うことは現時点では考えにくい。もし、仮にあるとすれば、日本政府や日本製鉄が今回の買収が“米国の利益”になることを具体的に説明し、米主要企業が外国企業に“乗っ取られた”という意識をトランプ氏が払拭できるような代替案を提示し、ディール外交を基本とするトランプ氏がそれに納得するというシナリオのみだろう。
第2次トランプ政権の対日認識について、現時点ではっきりしない部分も多いが、トランプ氏は中国からの輸入品に10%の追加関税、カナダとメキシコからの輸入品に25%の関税を課すことを明らかにしたが、中国でつくった自社製品を米国へ輸出したり、メキシコでつくった自動車を米国へ輸出したりする日本企業も影響を受けることになる。また、対米貿易収支の観点から日本もその標的になる可能性も聞かれ、トランプ関税への懸念は当然ながら日本企業の間で根強い。そして、それに今回の買収阻止が上乗せされたかたちとなり、近年増加傾向にあった日本企業による米国企業の買収、対米投資の勢いが後退する可能性もあろう。
しかし、今回の買収阻止から、我々は米国自身が焦っているという現実を強く認識すべきだろう。いうまでもなく、これまで米国は政治的、経済的、軍事的に諸外国を圧倒するパワーをもち、世界を主導してきた国家だ。言い換えれば、世界の基軸通貨がドルとなり、マクドナルドやスターバックス、ハリウッドやディズニーなど米国流の文化がグローバルに拡大したように、それは米国にとってはごく自然な現象だった。だが、今世紀に入って中国が米国に対抗するような存在として台頭するなど、米国の影響力の相対的低下が顕著になるにつれ、米国は中国を中心に諸外国に対する優位性を確保することに重点を置いている。その姿勢はトランプ政権だろうがバイデン政権だろうが根本的には変わるものではなく、非介入主義や対中強硬姿勢は両氏が共有する考えだ。
米国が経済、貿易的に中国を米国市場から締め出そうとする背景にはそれがあり、市場経済や自由貿易など自らが主導してきた価値観に自らが背を向けていることに米国は混乱しているように映る。いうまでもなく、USスチールは米国の象徴的企業であり、それが買収されるというのは利益うんぬんではなく、国家としての米国のプライドに関わる問題になっている。それだけ今回の買収は米国の核心に触れるような問題であり、米国にとっては一種の他国による経済的侵略に映るのだろう。そういった焦りや混乱から、米政権には「中国も日本も同じ外国である」という冷静さを失った認識が出てきているように筆者は考える。
<プロフィール>
和田大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap法人名
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