【連載】コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生(20)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

 元福岡市職員で、故・山崎広太郎元市長を政策秘書などの立場で支えてきた吉村慎一氏が、2024年7月に上梓した自伝『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』(梓書院)。著者・吉村氏が、福岡市の成長時期に市長を務めた山崎氏との日々を振り返るだけでなく、福岡県知事選や九州大学の移転、アイランドシティの建設などの内幕や人間模様などについても語られている同書を、NetIBで連載していく。

記者さんとのやりとり

 公約に「財政危機宣言」などと煽っていたので、「市の財政課が怒っているけど、大丈夫ですか?」と取材担当の記者さんが、心配そうに聞いてきた。

 僕は財政課での勤務経験はないが、国会での活動で一番チカラを入れたのが、地方税財政問題だった。渉猟した専門書も山積みするほどだったが、地方分権推進法の対案提出による国会論戦、そして何より2年続けての「地方交付税法/地方財政計画」の本会議や地方行政委員会での、自治省の幹部や担当とのやり取りを通じて、直に感じた自治省の本性、いかにもろい基盤の上に地方税財政が漂っているのか、強い確信をもっていたので、「いつでも受けて立ちますよ」と答えておいた。その懸念は数年後、小泉内閣による三位一体改革により現実のものとなったともいえる。

公開質問状

 この市長選挙では、公開質問状が殺到した。市民団体26団体、マスコミ5社。公約づくりが一段落した僕は、盤石の現職に対抗するには、こうした市民の1つひとつの声に、真摯に向き合うことが大切だとこの回答づくりにほぼ専念した。勝つつもりなので無責任に迎合はできないが、少しでも多くの支持を勝ち取りたい。必死だったし、凄く勉強にもなった。

 この回答は、市長当選後、市長選公約と併せ市当局にお渡しした。あれから四半世紀が経過したが、幾多の断捨離をかいくぐり、今でもその質問状と回答の写しを処分できずにいる。ここから動き出し、鮮明な記憶を残しているものがあるので、書き残しておきたい。

<西日本新聞社>

 (問) 今回の市長選は21世紀にまたがる期間の首長を決める選挙です。21世紀に引き継ぐべき文化や伝統、歴史の中から一つだけ挙げるとすればそれは具体的に何ですか。

(答)「自治都市博多」の伝統

 「福岡市は中世期、堺と並ぶ自治都市博多として、その名を馳せていました。時あたかも大航海時代であり、外に向かっては国際港湾都市として、諸外国と活発な交易活動を展開し、うちにあっては中央の権力におもねず、博多商人たちによって都市が経営され、独自の豊かな文化を形成していました。そこで培われたものは進取の気性であり自治の精神であったと思います。地方分権の時代を迎えた今、地域の発想を重視した「市民への分権」を柱に、市民のエネルギーに満ち溢れた福岡市の未来を築くため、自治都市博多の伝統を引き継ぎたいと思います。」

 これがきっかけとなり、直接的にはNHK大河ドラマ「北条時宗」における「武士の街/鎌倉」と「商人の街/博多」の二都物語や中世博多展につながり、さらには「商都博多の歴史/文化を掘り起こす会」の「中世博多学講座」などへと発展し、今の「博多旧市街」の復興につながっていった。

 今、奇しくも、僕はその博多旧市街にある「臨済宗 東福寺派 萬松山 承天禅寺」(山笠発祥の地、聖一国師により開山)の座禅に通っている。2021年秋のドラッカー学会in博多のエクスカーションの場として利用させていただくことでご縁ができたのだが、過日ご住職の神保至雲老師が広太郎さんの市長時代の思い出話をしてくれた。承天禅寺での中世博多の勉強会の折、承天禅寺中門付近で区画整理によって境内を分断した市道を見て、「市は随分なことをしますね」と訴えると、広太郎さんも大きく頷いていたと。今その市道は承天寺通りとして修景を施した道路となり、入り口には博多千年門が立ち、禅文化発祥の地、博多旧市街地に相応しい景観を生み出している。

<和白干潟を守る会、ほか多数>

(問)人工島/アイランドシティ計画について

(答)人工島計画は現地では、一部ではありますが巨大な構造物が出現しており、これを放置するとか壊すという判断は非現実的です。さらに起債事業という性格から既に投資した費用には巨額な利息が日々計算されているという現実を直視しなければなりません。人工島計画が巨額の不良債権を生み出さないよう、環境の面だけでなく収支計画、資金計画、土地利用計画等、事業計画を再点検します。

 僕が登壇した公開討論会でも「すでに構造物が一部でき上がっており、現実問題としてそれを壊したり放置するわけにはいかない。この土地がどう売れるかなどを全面的に再点検する。計画自体が間違いかどうかではなく、その時々に最適な判断が下していけるかどうかが問題だ」と同様の回答をしているが(H10.10.14 朝日新聞)、市長公約で、大規模プロジェクトについて、「引き返す勇気」をもって一斉点検を行うとした表現は、たびたび攻撃の的となった。

 そもそもこの「引き返す勇気」というのは、陣営内部での検討資料にあった言葉で、僕がこれだと飛びついて、パクって使ったものだった。後々、広太郎さんも「引き返す勇気」にはホトホト苦労したとこぼしていた。僕は当時の自分の気持ちにそれほどウソをついたつもりはないのだけど、あまりにも言葉が刺激的過ぎたことは痛恨の極みだった。

(つづく)


<著者プロフィール>
吉村慎一
(よしむら・しんいち)
1952年生まれ。福岡高校、中央大学法学部、九州大学大学院法学研究科卒業(2003年)。75年福岡市役所採用。94年同退職。衆議院議員政策担当秘書就任。99年福岡市役所選考採用。市長室行政経営推進担当課長、同経営補佐部長、議会事務局次長、中央区区政推進部長を務め、2013年3月定年退職。社会福祉法人暖家の丘事務長を経て、同法人理事。
香住ヶ丘6丁目3区町内会長/香住丘校区自治協議会事務局次長/&Reprentm特別顧問/防災士/一般社団法人コーチングプラットホーム 認定コーチ/全米NLP協会 マスタープラクティショナー
著書:『パブリックセクターの経済経営学』(共著、NTT出版03年)

『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』
著 者:吉村慎一
発 行:2024年7月31日
総ページ数:332
判サイズ:A5判
出 版:梓書院
https://azusashoin.shop-pro.jp/?pid=181693411

(19)

関連キーワード

関連記事