孫正義シリーズ(6)AI(=人工知能)を考える(1)

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福岡大学名誉教授 大嶋仁

(1)AIビジネスは儲かる?

 昨年12月、ソフトバンクの孫会長は次期大統領に決まったトランプ氏に会い、「AIビジネス発展」のための莫大な投資を約束した。「AIビジネスは儲かる」という発想が2人を結んだのだ。

 この会合は「金持ちどうしで世界を牛耳ろう」という姿勢をあらわにしたもので、事実、トランプ氏は大統領になるや「政府効率化省」を設立し、その長に世界一の富豪といわれるイーロン・マスク氏を据えた。臆面もない「超=金権政治」の始まりである。

 マスク氏の居すわる新省は、聞こえはいいが政府そのものを私物化し、すなわち国家を私物化するものである。そういう政府が、パレスチナのガザ地区を己の私有地と見たとしても不思議はない。「すべては金」という発想で徹底している。

 この発想自体、「金」のない大半の人類には恐ろしいものだが、巨大企業主なら納得するかもしれない。彼らの世界には、「少数の大富豪」と「大多数の貧困者」しか存在しない。「ああマルクス主義よ、いずこに」と言いたくなる。

 しかし、マルクス理論は資本主義の診断には役立っても、実世界を改変する理論としては不備が多かった。彼の理論がイデオロギー対立や流血しか生んでいないことは、歴史が示している。となれば、「ご立派なイデオロギー」より「イデオロギーなき金権政治」のほうがマシ、ということになる。トランプ氏の到来はそのことを物語っている。

 ところで、彼はどうしてAI産業への投資に積極的なのか? 「ビジネスとして魅力的だから」だろう。AIを使えば普通の人よりはるかに速く、より正確に仕事ができる。たとえこれを購入するのに膨大な費用がかかろうと、多額の人件費を何年間にもわたって削減できるなら、結局は得なのだ。

 では、それによって失業者が増えたらどうするのか? 答えは、AIが出してくれる。試しに、私自身パソコンを使ってこの質問をAIにしてみたら、数秒後にこんな答えが返ってきた。

 1つは、AIには簡単にできない仕事に人員が集中し、大変な競争社会となる。そこで、AIの利用に限度設定をするのが良いというものだ。もう1つは、AIで巨額の富を得た企業から国が多額の税金を徴収し、それを失業者に還元するシステムを確立すること、というものだ。どちらの答えも模範的すぎて、面白くない。「もっと真面目に仕事をせい」と言いたくなる。

 ところで、AIのどのような解答も、一定の問答システムが先に組み込まれていればこそ可能である。そのようなシステムは、AI自身が己のなかに組み込むとしても、初期設定ともなれば、制作者である人間がするのである。となると、そこにはその制作者の「常識」なり、「意図」なり、「イデオロギー」なりが介入するのである。

 つまり、一見「ニュートラル」に見えるAIでも、「完全ニュートラル」はあり得ない。ところが、私たちは機械を前にすると、「正確で間違いがなく、従って、思想もニュートラルだろう」と思い込んでしまう。そこに、AIに依存することの危険があるのだ。

 そのような危険は悪用することも可能である。私たちを一定のイデオロギーに導くプログラムを組み込んだAIをつくり、私たちの思考を知らずに一定の方向に向かせるのである。このような人心操作はすでに行われており、現代のメディアはその操作のなかで動いているように思われる。

 では、そういう危険な状況なら、AIの開発は止めるべきか? そんなことは誰にもできない。それがどういう目的に用いられるものであれ、ひとたび道がひらけば止まることなく進むのが科学技術だからだ。私たちは確実に「AIの時代」に突入している。従って、これとどう対処するかを模索すべきなのだ。

 その点では、冒頭で言及した孫氏が「AIとの共存」を早くから強調しているのは注目すべきだ。孫氏は「AIの時代」を必然のものとし、それに人類が備えることを条件としてAIを売り込もうとしているのである。氏がほんとうに人類の将来を危惧しているかどうか、そこはわからない。しかし、IT産業を突っ走ってきた彼だからこそ、そのようにいえるのである。

 氏によれば、世界はAIなしでは存続できなくなる。私たちはそれに対応する文化を育てなければならない。その文化とはAIとの共存文化。つまり、「AIにできないことを私たちがし、AIにできることはAIに任せる」という協力関係の文化なのだ。

 しかし、それが可能となるには、AIの特性を知らなくてはならず、私たちの何がAIにはできないのかを知らなくてはならない。そこで、「AIをもっと活用する」ということになる。ここが孫氏の戦略で、これによってAI産業はますます栄えるのである。

 しかし、いくら「共存」と言われても、大半の人にはAIへの耐性がない。便利だと思って依存症に陥るか、毛嫌いして時代遅れとなるか、そのどちらかだ。そういう状況でのAI産業の拡大は、世界全体を悲惨なものにしかねない。

(つづく)

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