孫正義シリーズ(7)「事業家とは社会のインフラをつくること」と語る孫氏の精神
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孫正義氏についてさまざまな方面の専門家が語る当シリーズの第7回をお届けする。今回は当社の政治担当記者・近藤将勝による、政治記者から見た孫正義論をお届けする。
トランプ・孫会談の成果
日本にとってアメリカとの関係は何より重要なものであるが、2月7日(現地時間)に行われた石破茂首相とトランプ大統領による日米首脳会談は「成功した」と日本の与野党、多くのメディアは評価した。この舞台裏にも孫正義氏とトランプ大統領との関係があるといわれる。
元来、石破氏は外交が得意ではないといわれているため、事前に入念な準備をして訪米した。1月7日に石破首相は孫氏と会食し、日米関係や経済政策について意見交換を行っている。
トランプ大統領と孫氏の関係は1期目のトランプ政権まで遡る。孫氏は石破首相に「長々した説明ではなく簡潔に結論から述べる」ことをアドバイスしたという。
石破氏の訪米前の1月21日、トランプ大統領と孫氏はホワイトハウスで、そろって記者会見に臨み蜜月関係を改めて“演出”した。会見でソフトバンクグループとオープンAIなどが、5,000億ドル(約78兆円)を投資して、人工知能(AI)関連のインフラ整備に投資する計画を明らかにした。
孫氏とトランプ大統領の会談は昨年12月にも行われ、ソフトバンクグループがアメリカに1,000億ドル、(約15兆円)の投資を行い、10万人の雇用を創出することを表明していた。その際、トランプ氏から投資額を2倍にするよう冗談気味に求められたが、1カ月余りでその要望に応えたことになる。いうまでもないことだが孫氏はビジネスマンであり政治に野心を持つ人間ではない。
日韓のブロードバンド普及に尽力
しかし、孫氏はソフトバンクを立ち上げた時から一貫して「事業家は社会のインフラをつくる」ことにあり「人々のライフスタイルを変えたい」と考えてきた。1981年に福岡市雑餉隈の一室で日本ソフトバンクを設立してから44年になる。現在のスマートフォンの普及やAIがあらゆる分野に活用されていることを考えると先見の明があったといえる。
98年に孫氏は、ビル・ゲイツとともに金大中大統領と面会している。孫氏は在日韓国人であり、祖国に対する思いはことのほか大きかった。当時の韓国はアジア通貨危機で苦境に陥りIMF(国際通貨基金)の管理下に置かれる状況にあった。
金大統領から「我が国の経済をたて直すには何をしたらよいか」と問われた孫氏は「大統領、韓国はブロードバンドで世界一になる。これをやればもう一度復活できます」と応えた。金大統領から「ブロードバンドとはなんだ」と質問され「大統領令で韓国をインターネットナンバーワンの国にするということを命じるべき」と答えたという。翌月、大統領令で、韓国のすべての学校にブロードバンドを普及させ、あらゆる規制緩和を行うよう指示が行われた。
では日本ではどうだっただろうか。やや古い話だが、孫氏のパイオニア精神が一番現れている話を紹介したい。
2001年1月「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」(IT基本法)が施行された。政府は同法に基づいてIT戦略「e-Japan戦略」をまとめた。5年以内に世界最先端のIT国家を目指すことが打ち出された。この法律によって規制緩和が行われることになった。
「時機到来」と孫氏は同年6月「Yahoo!BB」を立ち上げることを発表。ADSL市場に参入した。ソフトバンクは日本のブロードバンド市場を牽引した。
ところが壁となり孫氏の前に立ちはだかったのがNTTであった。Yahoo!BB開通に必要なNTTの局舎内での接続工事が進まなかったのである。加入申し込みをした人たちから「いつになったら接続できるのか」と苦情が相次いだ。
そこで孫氏はNTTとの戦いを決意した。監督官庁の総務省に乗り込んで、「あなたたちを別に偉いと思っているわけではないが、許認可という権限はもっている。あなたたちがNTTを注意しないと、前に進まない」と指摘した。
NTTは民営化されたが、かつては国営企業で、「日本電信電話(株)等に関する法律」(NTT法)により国の保護を受けている。孫氏は書類の書き間違えで何カ月も待たせるNTTの官僚体質に憤慨し、明け方3時~4時まで働いたという。「根気よく攻め続けるしかない」「お客さんを待たせているからつながなきゃいけない」。その思い一筋であった。
「起業家精神が薄れた」日本人への警鐘
孫氏の事業は多岐にわたるがいずれも「社会インフラの革命」といってよい。孫氏の信念に基づく起業家精神と、現在の政治や政治を報じる記者の姿勢を比べたとき、あまりもの落差を感じざるを得ない。
本来、政治は人々の幸福実現のためにあるもので、政治記者、ジャーナリストは政治の本質を追及し、より良い社会実現のために広く国民に知らしめる役割があるはずだ。
ところが、政治は国民の幸福実現よりも特定の利害や団体の利益を優先し、国民が望むことは一向に実現しない。そして政治記者・政治ジャーナリストと呼ばれる人々も、そうした政治の現状を受け入れ、いつのまにかその一翼を担う存在に成り下がっている。極めて内向き志向が強いともいえる。
孫氏は、以前、このままでは日本は忘れられた国になると語っていた。「一番の問題は、戦前戦後や幕末に比べて起業家精神が非常に薄れてしまっています」と述べ「小さな村の小さな平和はいいんですけど、それでは世界から置いてけぼりになってしまう。いつの間にかもう完全に忘れ去られてしまう島国になってしまう」(日経ビジネス19年9月10月7日号)と危機感を露わにしていた。
孫氏の訴えは我々に対する警鐘であろう。
【近藤将勝】
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