孫正義 再評価の時──波乱の投資人生と“オーマイニュース”失敗の内幕(前)
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『週刊現代』元編集長 元木昌彦 氏
孫正義氏についてさまざまな方面の専門家が語る当シリーズ。第11回の今回は元木昌彦氏による孫正義論をお届けする。
孫正義氏は「山師」「大ぼら吹き」とも評されながら、日本一の実業家へと駆け上がった。その生い立ち、投資家としての慧眼、そして挑戦と挫折を繰り返しながら築き上げたソフトバンク帝国。本稿では、彼の波乱に満ちた歩みを振り返りながら、その評価を再考する。さらに筆者自身が関わった「オーマイニュース」の失敗から見える、孫氏の投資哲学の光と影についても掘り下げる。
「胡散臭い実業家」からの再評価
私が孫正義氏について知っていることはごくわずかでしかない。
ノンフィクション・作家の佐野眞一氏が2012年に書いた傑作『あんぽん 孫正義伝』(小学館)。
私が07年から編集長、社長を務めていた日本版「オーマイニュース」が、孫氏の出資によってできたため、ソフトバンクの社員が編集部に「お目付け役」としていた。
その縁で、孫氏の肝いりでできた「サイバー大学」にも少し関わったことぐらいである。
失礼なことをいえば、私のような週刊誌人間にとって孫氏は「胡散臭い人」という印象が付いて回っていて、真っ当な実業家というより「山師」「大ぼら吹き」のイメージが強かった。
今回、二期目になったトランプ氏を孫氏が早速訪ねて、「アメリカに15兆円の投資をする」と握手する姿を見ても、「どこにそんな金があるの?」と思ってしまう。
しかし、今回再び佐野氏の『あんぽん』を読み返し、「オーマイニュース」時代を振り返ってみると、違う孫氏がみえてきたように思う。
今読んでみると、佐野氏のノンフィクションの多くは切れ味鋭く、批判的なものが多いのだが、この『あんぽん』は取材対象の孫氏に対して珍しく優しい。
有名になった以下の書き出しで、孫氏に対するイメージが出来上がってしまって、誤読していたのかもしれない。
「孫はいまから五十七年前の昭和三十二(1957)年、佐賀県鳥栖駅に隣接し、地番もないという理由で無番地とつけられた朝鮮部落に生まれ、豚の糞尿と、豚の残飯、そして豚小屋の奥でこっそりつくられる密造酒の強烈なにおいのなかで育った。(中略)貧民窟生まれの出自から考えれば、孫正義はいま目のくらむような高みにいる」
貧民窟からのスタート、本名にこだわる理由
そんな環境のなかでも孫氏は必死になって勉強していたという。だが、貧しかったわけではなかったようだ。父親や祖母はパチンコ店を経営したり金貸しをやっていたという。親類には優秀な人間も多くいた。その当時孫氏は日本名で安本正義と名乗っていた。
16歳でアメリカに留学。カリフォルニア大学バークレー校経済学部のときに「音声付き多言語自動翻訳機」をつくりシャープに売り込み、翌年、アメリカで「ユニソン・ワールド」を設立している。
孫氏は日本で生まれ育っても、韓国に対する愛情は強く持ち続けている。それを表す、私が好きなエピソードがある。
同じバークレー校にいた日本女性と結婚する。それを機に孫氏は日本に帰化して改姓しようとする。だが、申請するたびに法務省から「孫」という名字は日本にはないという理由で受け付けてもらえない。
そこで孫氏は、日本人である妻を「孫」に改名させる。裁判所は、日本人で韓国姓に変更したいという人は初めてだといわれながら認めた。そうしてから孫氏は再度法務省に行き、「日本人に本当に孫という韓国姓はないのか」と聞く。係官は渋々答えた。「1人だけいますね。奥さまですね」。こうして孫正義のまま日本に帰化することができたというのだ。
孫という名にこだわった理由は、他にもあった。渡米するとき、彼はこう心に決めたという。「何十万といる在日韓国人が、日本で就職や結婚や、それこそ金を借りるとき差別を受けている。でも在日韓国人であろうが、日本人と同じだけの正義感があって、能力がある。それを自分が事業で成功して、証明しなきゃならないと思ったんです」。それなのに自分が本名を隠してこそこそやっていては意味がなくなるというのである。
投資家・孫正義の慧眼と政治・社会への関与
“機知”は孫氏の得意技であった。01年にアメリカのYahoo!と共同で通信事業に進出したとき、孫氏は街頭で端末を無料で配布するという奇想天外なアイデアで市場をあっという間に席巻した。
それからの孫氏の成功物語はよく知られているのでここでは省く。
11年3月11日、東日本大震災が起きると、孫氏は被災者に100億円の個人義援金を寄付し、10億円の私財を投じて原発に代わる自然エネルギー財団を設立した。大震災を機に孫氏は「反原発」に転身。
佐野氏はこう書いている。
「孫はインタビュー中、何度も『自分の非力さが悔しかった』と言って、涙ぐんだ。日本一の金持ちがこの大災害に直面して、何もできない自分の『非力』さを嘆く。おべんちゃらではなく、その率直さに私は胸を打たれた。この大災害に際し、『自分の非力さが悔しかった』といって涙ぐんだ政治家が1人でもいただろうか」
自然エネルギーを推し進めることに前向きではない経団連に、あるフォーラムで孫氏はこういったという。
「なぜ経団連が反対するんだ、ばかやろう」
これでは経団連が孫氏を快く迎えるわけはない。いくら日本一の金持ちになっても、常に「異端児」という形容詞が付いて回るのは致し方ないのだろう。
さらに、メディアの孫氏に対する評価は極めて悪い。その典型が、「ソフトバンクグループは07年3月期以降の15年間、法人税が生じたのは4期だけで、ほとんど税金を払っていない」というものだろう。だが、必ずその後に「合法だが」と付けるのだが。
よく知られていることだが、今のソフトバンクグループは単なる通信会社ではなく投資グループである。なかでも中国で馬雲が創業したばかりの「アリババ」に28億円を投資したことは、孫氏の投資眼のたしかさをよく表している。その株が実に8兆円に化けたといわれている。
私が中国で「アリババ」本社を訪ねたのは、孫氏が投資した少し後だったと思う。広い部屋に若者たちがひしめき合いながら、電話にかじりついていた。成約すると音楽が響き渡り、全員が拍手する。それが延々繰り返されていた。
アリババの広報は、若者たちは皆一流大学出身者だといった。eコマースなのに、電話攻勢というのがやや奇異な感じがした。私だったらアリババに投資する気にはならなかっただろう。
アリババに投資して儲けた金は、22年にソフトバンクの中核事業「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)」が4兆3,535億円の投資損失を計上した際、社を救った。孫氏はアリババ株の一部を売って8,496億円の赤字にとどめたといわれている。
確かに孫氏のやり方はアリババのように大化けする企業が出てくればいいが、IT企業もかつてのような勢いはない。現在はオープンAIと合弁事業を立ち上げ、約78兆円投資するといっている。
トランプ氏に15兆円の投資を行うといって大喜びさせたが、側近のイーロン・マスク氏には「彼にはもう金がない」といわれてしまった。
孫氏がまだまだ投資眼を生かして生き残れるのか、ダイエーの中内㓛氏のように、尾羽打ち枯らして寂しく消えていくのかはわからないが、もうひと暴れする予感はある。
(つづく)
<プロフィール>
元木昌彦(もとき・まさひこ)
『週刊現代』元編集長。1945年生まれ。早稲田大学商学部卒。70年に講談社に入社。講談社で『フライデー』『週刊現代』『ウェブ現代』の編集長を歴任。2006年に退社後、市民メディア「オーマイニュース」に編集長・社長として携わるほか、上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。日本インターネット報道協会代表理事。主な著書に『編集者の学校』(講談社)、『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)、『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、『現代の“見えざる手”』(人間の科学新社)、『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)など。
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