日本一の家具産地・大川再興へ 期待される新市長の政治手腕

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大川市長 江藤義行 氏

大川市長 江藤義行 氏

 「日本一の家具産地」として知られる福岡県大川市。国内外に家具を販売する企業はもちろん、「大川の匠(たくみ)」と称される伝統的な技術や意匠を継承する職人も存在するという独自の地域性が特徴だ。その一方、人口減や歳入減、地域社会の停滞、それにともなう市民生活の質の低下といった課題も抱える。昨年9月の選挙で市長に就任した江藤義行氏に、大川市の今後の市政の方向性などについて話を聞いた。

「大川の駅」構想を白紙に

 福岡県の南西部に位置する大川市の主要産業は、「大川家具」「建具」などの家具・インテリア産業だ。大川家具は約490年の歴史を有し、市内には木工所や家具店、製材所などの木工業関連の事業者が集積。筑後川と有明海を擁することから、農水産業も盛んである。一方で、市の人口は減少傾向にあり、現在の総人口は3万995人(2025年2月末現在)。また、24年10月時点の高齢化率は36.93%で、福岡県の平均28.13%と比べても高い水準にある。

左:大川市役所の外観 右:内部の様子
左:大川市役所の外観 右:内部の様子

 製材企業や家具・インテリア企業の経営者などとして、長年地域経済に貢献してきた江藤氏は、市の財政や市民生活、産業などの現状に危機感をもち、24年9月に行われた市長選挙に立候補。現職との激戦を制し、第11代市長に就任した。選挙時の公約は大きく、以下の3点に集約される。

  • 観光拠点施設の新設など市政の無駄を排除
  • 困窮者や子育て世帯を支援する社会福祉の実現
  • 家具・インテリア産業を中心とする産業の活性化

 大川市では、道の駅・川の駅からなる「大川の駅」構想が浮上。観光拠点施設として大川市大野島で整備事業が進められていたが、総事業費約89億円という巨額な事業費の透明性や事業の採算性などが、市長選の最大の争点となっていた。江藤氏はその白紙撤回を選挙公約の1つに掲げ、構想に反対する市民団体や地元市議らとともに選挙戦を展開。市長就任後に事業の進行をストップした。

 「財政難に悩む大川市にとって身の丈に合わない事業でしたし、筑後川と支流に挟まれた中州という、水害の懸念がある立地性なども問題でした。全国には経営に行き詰まる道の駅がいくつも存在し、3分の1が赤字だと言われています。一方、大川市には観光資源がいくつもあります。『古賀政男記念館』(同市出身の作曲家)といった既存施設や、1800年以上の歴史をもつ『風浪宮』、江戸時代の風情を残す『小保・榎津 藩境のまち』といった歴史的まちなみなどです。それらの施設改修やサービスの充実など、インバウンドの方々を含めた観光利便性の向上を優先的に進めるべきだと考えています」と、江藤氏は話している。

小保・榎津-藩境のまちの様子
小保・榎津-藩境のまちの様子

実感した市民生活の苦境

 大川市の人口は毎年500人ほど減り続けているといい、自治体運営の基盤である財源確保が大きな課題となっている。国からの交付金を除く市税収は37~38億円程度だが、今後さらに落ち込む可能性が高い。

 この点について江藤氏は、「上下水道料金も利用者が減ると1人あたりの負担が上がり、値上げが避けられません。こうしたインフラの維持費や市の財政負担をいかに抑え、子育て支援や福祉施策など優先度の高い事業に予算を回していくかを考えなくてはなりません。選挙活動中、多くの市民の方々とお話をする機会がありましたが、昨今の物価高などによる影響は想像以上で、生活に困窮されている方が増えていることを痛感しました。子育て支援など“誰1人取りこぼさない福祉”の実現が必要なのです。たとえば、子育て支援である市立小中学校の給食費無償化や18歳までの医療費の自己負担無料を実現するためには、財政改革が不可欠であり、投資を見直し、不要・不急の事業を縮小することで、社会保障や少子化対策へ資金を回していかなければなりません」と強調する。

 江藤氏がとくに注力すべきと考えているのが地場産業の再興であり、そのなかでも全国に知られる基幹産業・「家具・インテリア産業」の再興だ。製材会社の社長としてバブル崩壊後の経済不況を乗り越えた江藤氏は、「かつて約600社((協)福岡・大川家具工業会組合員数)あった家具製造関連企業が、現在では100社ほどにまで減少しました。その結果、それぞれの企業の体質は強化されましたが、現在は海外大手チェーンの進出や、ホームセンターやECの拡大により、地場産業の家具は価格競争に巻き込まれ、苦戦する状況が続いています。さらに円安にともなう材料コストなどの上昇も重なり、厳しい経営環境にあります」と語る。

市内には家具ショップが各所に存在する
市内には家具ショップが各所に存在する

    また、物価高の影響で、ふるさと納税返礼品のトレンドも変化しており、家具よりも食料品などの生活必需品を選ぶ人が増えているとも指摘する。そのため、今後は輸出や、インターネットを活用した販売など専門のノウハウの構築、大川産の家具・インテリアの魅力の周知といった産業強化のための施策を、官民一体となって取り組むとしている。

「大川の匠展」開催の狙い

「大川の匠展」の様子
「大川の匠展」の様子

    このうち産業の周知については、大川市外では初となる「大川の匠展」を今年、福岡市内で開催(1月24日~2月2日)。同展は、約490年の伝統を継承し、卓越した技能と見識などを有する「大川の匠」と認定された8人の職人が手がけた作品を展示するもので、そのなかには大川組子の技を継承し、日本初の豪華クルーズトレインであるJR九州の「ななつ星 in 九州」や、幻の豪華客車「九州鉄道ブリル客車」を蘇らせた「或る列車」の豪華内装を手がけた木下正人氏らがいた。

 「毎日約80人の来場者がいらっしゃるなど、好評を得ることができました。今後もこのような家具関連事業の魅力を広く伝え、匠の方々も含めた大川市の家具・インテリア産業の販路を拡大するための模索を続けていきます」(江藤氏)という。

 なお、大川の匠展の実施は大川市の広報に加え、インバウンドを含む観光客の誘致も目的としていた。江藤氏は「福岡県南部地域の観光振興には、近隣の柳川市や久留米市、さらには佐賀空港などとの連携も重要で、観光ルートの拡充やアクセス環境を整えていくことが欠かせません。現在、インバウンドは西鉄柳川駅がある柳川市まではきていますが、大川市までさらに足を運んでいただけるよう、周辺自治体や事業者の方々と協力して進めていきます」と話している。海外からの観光客誘致に成功すれば、家具の展示場や工房見学も含めた「体験型ツーリズム」を組み合わせるなど、大川市独自の観光の在り方の構築が期待できそうだ。

問われる政治手腕

 農業や漁業に関する支援も重要視しているという。現在も行われている「がんばる農業支援事業」に加え、市独自の補助金を創設することで、農業や漁業を行う環境の改善に役立てるとともに、担い手減少による人材不足を解消するために、デジタル化の推進に向けたサポートにも取り組もうとしている。「大川市を日本一の家具産地としての知名度にふさわしい、元気な姿に戻していくこと、豊かで公正な大川市を取り戻すのが私の使命で、その実現のために全精力を挙げて取り組んでいきます」と決意を語った。

 ところで、前述したように江藤氏は長く企業経営者として歩んできた。政治家に転身し、市長になった今、立場の違いについてどのように感じているのだろうか。江藤氏は、「自治体には議会との調整や住民との合意プロセスが必要であり、スピード重視の民間経営とは勝手が異なることを強く実感しています。現状ではとくに副市長と教育長のポストが決まっていないのが課題です。業務の分散ができず、時間的にも負荷も大きいのが実情です」と語る。その言葉には、政治公約に掲げた事項以外にも、議会との関係正常化という課題があることをにじませている。江藤氏の政治手腕による現状の打開を期待したい。

【田中直輝】


<プロフィール>
江藤義行(
えとう・よしゆき)
1947年大川市生まれ。久留米大学附設高校、九州大学理学部卒。東亜燃料工業(株)を経て、76年に(株)エトウに入社。91年からは代表取締役を務めた。2014年には(株)スマート・リビング代表取締役に就任。大川商工会議所副会頭、大川木材事業協同組合理事長、 大川ロータリークラブ会長なども歴任。24年9月の市長選挙で初当選した。

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