逆開発の可能性(後)~直線の経済を迂回させられるか~(2)

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 富裕層やインバウンドをターゲットにした結果、似たような外観のビルばかりできている気がする。再開発したのはいいものの、人がいない。次世代ビルの高級化によって、消費に使えるお金を多く持たない若者たちが、自ずと街で活動できる範囲が狭められている。中心地で進む再開発は、貧しい日本人を静かに排除し始めているのだろうか。

「第四の場所」の喪失

第四の場所をなくしてはならない  pixabay
第四の場所をなくしてはならない  pixabay

    サードプレイス=第三の場所をどれくらい使いこなせているかが暮らしの豊かさになり、それをどれくらい備えているかが街の豊かさになる。そこは精神的な安寧を得る場所であり、家族とも職場の同僚とも異なる、人間関係をゼロから育める場所でもある。そして何よりも、サードプレイスで人々が日々話し合うことが、民主主義の基礎をつくる。

 パンデミック下で、「第四の場所」と呼べる空間が、都市の至るところで浮き彫りになった。人々が路上やそれぞれの家の敷地から道へあふれ出す格好で、さまざまな行為を行っている様子…。建物出入口の階段に座って飲食をする人、犬の散歩中に歩道沿いの植え込みに腰かけて一息つく人。歩道でスケートボードに乗る子どもや、座り込んで会話をする子ども。あるいは、自宅前で掃き掃除を行い、道で洗車をしている人…。家の外に、住宅地の街路に、人々の日常生活の舞台が広がっている。この場所こそがパンデミック下に限らず、人々のパブリックライフが営まれる第四の場所といえる。

 都市の開発地を見るとき、この「直線の経済」による都市開発の歪みがきていると思えてならない。窮屈な街路、ひしめき合う看板、激混みするカフェ、不自然につくられたバリケードに華美な配色、激増する富裕層向けのビル、郊外の山を削ってならす宅地造成──都市計画は早く移動することばかりを主眼に置いてきた。日本の道路交通法では、寝そべり、座り、しゃがみ、または立ち止まっていることは禁止事項になっていて、その結果、同時に進行しているのが「第四の場所」の喪失である。

 腰かけて一息つく余白もない。家のなかで自分たちのライフスタイルがすべて完結してしまうようになると、私たちは外部環境に対して、無知・無関心になっていく。都市環境の貧しさの大きな欠陥点だ。豊かな市民生活、都市環境を再生していくためには、都市住人に対して「第四の場所」を醸成し、余白を残していくことをしなければならない。

パブリックライフ豊かに

パブリックライフを豊かにする  例)駅直結の都市公園「グラングリーン大阪」のうめきた公園  PR-TIMES
パブリックライフを豊かにする
例)駅直結の都市公園「グラングリーン大阪」のうめきた公園  PR-TIMES

 「直進する経済」は、利益最大化への最短距離を目指す。都市計画では与えられた敷地に対して、法律や条例で許される範囲と需要とを合わせて面積・容積を想定し、そこにオフィス、住宅、商業、ホテルなどを割り当てていく。それぞれは床面積が大きいほど分譲料や賃貸料を稼げるので、床面積の合計を最大化するのが合理的。稼げる空間を最大化するというこの考え方にとっては、たとえば吹き抜けを開けるなどはナンセンスで、その分だけ床が消滅してしまうから、空間を無駄にしているということになる。また利益の上がらない屋外空間や、利用者が料金を支払わない共有空間を整備するのも意味がないということになるが、行政から規制緩和を受けるために確保する必要がある場合は、最小限の整備を行うことになる。

 これに対して「迂回する経済」は、一見して利益が上がらないことにこそ投資する。たとえば吹き抜けや共用空間、屋外空間などの「無料の空間」が豊かになるほど、空間が魅力的になり、テナントが高密に詰まった息苦しい空間よりも来客の滞在時間が延びたり、客単価が上がったり、リピーターが増えたりするかもしれない。それ以上に、開発地や周辺地域のイメージが向上することによって、そのまち自体が人々にとっての「目的地」となり、人の集まる場所として昇華されていくのかもしれない。

 民間企業がその多くを担う21世紀型の都市開発では、経済合理性の範疇を広げて「直進する経済」と「迂回する経済」の両輪を考えなくてはならない。前者が強調されすぎると民間都市開発の負の側面が暴走するが、後者の融和は民間企業の可能性を引き出すことにつながる。経済活動は進めつつ、しかしもっと長い目で多くの人がより良く暮らせる都市を、次世代のパブリックライフの姿を私たちは考えなければならない。

自然資本とまちづくり

自然資本に立ったまちづくりへ  例)NYハイラインの風景  thehighlineHP
自然資本に立ったまちづくりへ
例)NYハイラインの風景  thehighlineHP

    日本では、世界でも例のない人口減少の時代に突入している。「今までと同じように」「ほかの地域と同じように」という発想では乗り越えられない、大きな変化。目先の経済性を優先した場あたり的な再開発の傍観者ではいられず、まちづくりに新たな思想をもたなければならなくなっている。人口減少を認めたうえで都市の持続性、すなわち未来の世代のためにどのようなまちを引き継ぐべきかを、私たち1人ひとりが長期的な目線で考える必要がある。

 人口は都市の活力の「バロメーター」といわれる。増加すれば都市は繫栄し、減少すれば税収が下がり、必要な行政サービスを維持するのが難しくなる。まして激化する都市間競争のなかでは、有効な施策が打てない自治体は駆逐され、最悪の場合「消滅」への道を進みかねない。人口減少への対策は、都市が生きるか死ぬかを左右する極めて重要な政策課題だ。東京や大阪の都心で成立しているやり方が、地方でも成立するとは限らない。集客は、地方都市と大都市ではまったくアプローチが違う。商業至上主義のまちづくりから、これからは人の目線に立ったまちづくり、「ここに住んでよかった」と思えるまちづくりを目指さなければならない。それは「迂回する経済」との親和性も高くなり、自然資本に立った「逆開発」の可能性にも気づきを与えてくれるはずだ。

岩手県紫波町の事例

岩手県紫波町の取り組み  例)オガールベース全景  らいおん建築事務所HP引用
岩手県紫波町の取り組み
例)オガールベース全景
らいおん建築事務所HP引用

    工事費が上がり続けると、事業そのものができなくなる恐れがある。より価格を高く分譲できる都市でしか再開発事業ができず、その手法がとれなくなる都市も出かねない。需要が旺盛な都心部では、価格を高くしても買い手や借り手がつく可能性が高いが、地方では価格を上げると需要が追いついてこない。地方の再開発は、国や自治体からの補助金がないと成立しない事業も多いのだ。

 そんななかでも“住みたくなるまち”として今、注目を浴びている自治体の事例を紹介してみたい。“補助金に依存しない開発”で視察が殺到する「岩手県紫波町(しわちょう)」だ。重要なポイントは、「歩いて5~10分以内にあらゆる生活に必要なコンテンツがそろうこと」。町内の不動産価値を上げるために、このまちがもっていた土地をどう活用するかを考えてプロジェクトを進める岡崎正信氏は、この町の再興を託されるキーパーソンだ。

<開発のポイント①>
「普遍的集客装置」をつくる

 まちなかを再生するというと、すぐに商業とか消費する人たちを呼ぼうという発想になりがちだが、すでにEコマースが隆盛していて、モノを売るという行為で人を呼ぶのは現実的に厳しいことは周知の事実。「消費をしない人たちをいかに集められるか」を具体化させる「普遍的集客装置」をつくる(すでに建設が決まっていた町民待望の図書館で17万人、移転予定だった町役場で7万人、日常的に練習や試合などで年間6万人の集客を見込んだフットボールセンターなど、合わせて30万人の集客機会を想定)。ヨーロッパでも、教会を中心として広場ができて、その広場の脇にカフェやショップができ、その界隈にホテルが、そして住宅が広がっていく。教会という非消費者たちが集まる信仰のシンボルを軸に、まちがつくられている。

<開発のポイント②>
テナントと賃料が決まってから施設を建築

 施設を建てた後にテナントを募集するのではなく、先にテナントを集めてから建てる。「つくってから売るのではなく、売ってからつくる」逆算方式の開発は、最初にテナントを集めて無理なく払える家賃を聞き取り、その後に初めて必要な床面積を設定、それを基に銀行などから資金を集め、厳しい審査や収支計算の元、想定利回りを実現できる価格に収められるように設計・工事を行う。補助金ありきではないからこその方法だが、これならば、竣工時には入居率100%でスタートでき、その後の返済リスクを回避できる。テナントが払える家賃こそが最重要だと、岡崎氏は言い切る。

<開発のポイント③>
エリアの機能が充実してから分譲地の販売を加速

 エリアの機能を充実させ、ここで初めて最終目標の「不動産価値を上げて税収を上げる」フェーズの到来となる。ここに住みたいと思われるようになって分譲地の販売を加速させる。住みたくなるエリアになってからのほうが、人気は高まり、地価が上がるからだ。

 ここはいわゆる商業ベースの開発エリアのように、人々が「非日常の買い物」をしにくる観光地的な場所ではなく、「それぞれの暮らしの時間」が静かに流れていく場所だ。商業施設や店舗を熱望される流れは往々にしてある。しかし、それはほかの場所に同様のものができるとそちらに流れてしまう。不動産価値を上げるための勝ち筋は、消費しない人たちをいかに賢く集められるかだという。人は観光地に住みたいわけではない。紫波町の主役は、「商業」ではなく「人」にあるのだ。

(了)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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