嬉野温泉、源泉保護のための提言:計画揚湯方式と源泉別揚湯量公開

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 今年1月に発覚した嬉野温泉の源泉水位低下問題。年始の繁忙期は乗り越えたものの、根本的な解決には至っておらず、今年末の繁忙期に備えて事前の対策が必要となっている。貴重な温泉資源を守りながら地域の発展を両立させるにはどのような対策が必要なのか。検討と提言を行う。

嬉野温泉の正念場

 今年1月に報道された嬉野温泉の源泉水位低下問題について、当社はその背景と発端について過去記事で詳報した。

 この問題に対応するために嬉野温泉の各事業者は、昨年12月~今年3月までの期間、繁忙期にもかかわらず、一部サービスの停止などで温泉使用量を削減する身を切る対策に努めた。その結果、さらなる源泉水位の低下は免れ、一部ポンプの揚湯不可などといった最悪の事態は回避された。

 しかし、このときの対応は事前の対策が遅れた結果としての後手の対応であった。半年後にやってくる今年冬の繁忙期では、再び同じような対応とならないために、今のうちに確実な解決策の準備が必要だ。だが、これまで問題への対応にあたってきた源泉所有者会議では、今後の解決に向けた具体策が示される見通しはまったくたっていない。

源泉水位低下問題の経緯

 まず、問題の経緯を、源泉所有者会議の動きを中心に簡単に振り返っておこう。

 2023年10月頃から嬉野温泉全体の揚湯量(温泉の汲み上げ量)が急上昇し、それにともなって嬉野市が管理する源泉の水位も急低下しているとして、同年12月に嬉野市の呼び掛けで源泉所有者会議が開かれた。会議では、11月に嬉野温泉全体での揚湯量が3,000t/日を超えて源泉水位の低下が続いていること、温泉資源を保護するための適正な揚湯量が2,500t/日であること、このまま揚湯量が増えれば年明けのピーク時には一部の源泉で揚湯ができなくなる事態も発生しかねないことなどについて、源泉所有者と監督行政の佐賀県も含めて、問題の共有が行われた。そのうえで会議では、10月から揚湯量が急増する原因となった事業者への削減要請や、配湯管からの漏湯を引き起こしている事業者への修理要請がなされた。

 24年の年始の繁忙期は乗り越えたものの、年末へ向けた具体的な対策は会議で打ち出されなかった。その結果、12月に再び揚湯量が3,000t/日を超え、年明けには重大な事態も発生しかねないとして、佐賀県は揚湯量の大部分を占める4事業者に対して削減要請を出した。そして年明けに源泉水位低下の報道がなされた。

源泉所有者会議の限界

 嬉野温泉には、源泉を所有して自家で揚湯する事業者と、源泉を所有せず温泉を買っている事業者と一般家庭がある。いずれもこの問題における当事者であるとともに、公平に温泉を利用する権利を有する。だが問題への対応の中心となっている源泉所有者会議は、文字通り、源泉を所有する11事業者だけが集まった会議だ。問題が発生した23年から25年3月までに合計10回の会議が開催された。しかし、会議の内容や、源泉水位の低下を招いた原因である各源泉の揚湯量の情報は、源泉を所有しない事業者らには一切共有されていない。

 源泉水位の大幅な低下という事態を二度と繰り返さないためには、各源泉の揚湯量規制を含めたルールの検討が必要だ。しかし、これまでの源泉所有者会議の対応は、あくまでも拘束力のない自主的な取り組みに過ぎなかった。その結果、参加者は自身の事情を優先しがちであり、対応はその場しのぎになっていた。今後ルールを設定するとなれば、過大な設備投資をしている事業者にとって実質的な営業規制となるため、経営レベルの判断が必要となる。だが会議に出席する事業者は、零細事業者から上場大手の子会社まであり組織体も意思決定プロセスも大きく異なる。さらに実際の出席者には全権をもつオーナーもいれば、権限のない担当者レベルもいる。このような会議体で、温泉保護のために揚湯量制限を含む実効性があるルールを率先して決定できるか疑問だ。

 また、ルールの設定にあたっては、源泉をもたない温泉事業者らの権利も尊重した公正な解決策が必要だが、情報公開すら行わない源泉所有者会議にそのような公正性を求めることができるかどうかも疑わしい。

未来のために必要な解決策の条件

 そこで当記事では、独自に解決策の提案を行う。具体的な解決策を提案する前に、解決策が満たすべき必要な条件を以下のように考える。

 条件1 温泉による地域の経済的利益と、その利益が未来にわたって永続するように温泉の保護を両立させること。

 条件2 1の抜本的な解決がすぐにできない場合、差し迫った課題である今年末の繁忙期を確実に乗り越える解決策であること。

 条件3 源泉を所有するかしないかにかかわらず、すべての温泉利用者にとって公正な解決策であること。

 条件4 既存の事業者だけでなく、新規事業者の受け入れ可能性も含めた解決策であること。

 条件4は、嬉野温泉の今後の発展を考えた場合、考慮すべきことだ。星野リゾートが嬉野温泉への進出を検討しているという話もあり、地元の発展への寄与が期待される事業者が進出断念しないような解決策が必要だ。

 ところで、源泉問題の根本的な解決策として、かねてより俎上に上げられてきたのが源泉集中管理だ。これは源泉を共有の財産として管理し各事業者に配湯する方式として、過去にも議論され実現に向けた動きがあったが、挫折した経緯がある。たしかに源泉集中管理は温泉資源が限られた地域において理想的な解決方法の1つだが、所有権に絡む問題があり、所有者の企業体も多様になった現在では、実現までの道筋は容易ではない。一部源泉だけを集中管理するなど段階的な移行も含めた解決策について今後も検討は行われるべきだが、これもすぐに解決する問題ではなく、条件2は満たさない。

 そこで条件2にかない、1、3、4についても暫定的に有効な解決策として次の方法を提案する。

計画揚湯方式

計画揚湯方式
 各源泉所有者が予定揚湯量を申告し、その合計が適正揚湯量2,500t/日に収まるように調整する。そして各源泉の揚湯量が計画の範囲内に収まっているかを、源泉モニタリングシステムで監視する。

 この方法は、各源泉所有者の所有権の問題に触れることなく、温泉資源の保護を実現すると同時に、計画的な揚湯量の確保によって嬉野温泉の経済発展も可能にする方法だ。

 ただし、この方法で実効性と公正さを確保するには、各源泉の揚湯量情報の公開が必須となる。だが現時点で、揚湯量のデータを収集する嬉野市も源泉所有者会議も、情報を積極的に公開する様子はない。理由は源泉所有者の同意が得られないからというものだ。しかし、地域の共有財産である温泉資源が危機にさらされている現在の状況で、その原因となっている揚湯がそれぞれの源泉でどれくらい行われているかという情報は、温泉保護の対策を立てるうえで必要不可欠であり、極めて公共性公益性が高い情報にあたる。

 そこで当記事では、当社が入手した各事業者別の揚湯量の情報を公開する。これを基に今後の各源泉所有者の予定揚湯量を調整して、まずは差し迫っている今年末の対策を立てる必要がある。

源泉所有者別揚湯量

 【表】は昨年11月から今年1月までの源泉を所有する事業者別の揚湯量の推移だ。今年1月時点の揚湯量が多い順に並べている。上位4事業者は昨年12月にとくに揚湯量が多い事業者として佐賀県から揚湯量の削減要請を受けた事業者にあたる。通常、12月から1月にかけては揚湯量が増加する時期にあたるが、4事業者は揚湯量がいずれも減少しており、削減に向けての対応がうかがえる。

 「1部屋あたり」は、1月時点での揚湯量を部屋数で割った数値だ。これについては提供するサービス全体とも関係するため、一律の基準で判断できるものではないが、嬉野温泉全体として揚湯量が限られているなかで、温泉の適正な配分や、各源泉の揚湯量に無駄がないかを考えるうえで参考にせざるを得ない。今後、嬉野温泉のブランド化を考えるにあたって、源泉100%かけ流しと温泉保護との兼ね合いなど、この点をどのように考えていくべきか、議論の積み重ねが必要だろう。

 また、嬉野温泉配湯の揚湯量には、源泉をもたない温泉事業者ならびに一般利用者が含まれている。彼らの温泉権も十分に尊重しながら、揚湯量の計画を立てる需要がある。

早急な解決策の取りまとめと情報公開を

 以上の提案は解決策の1つに過ぎない。大切なことは、具体的な解決策の取りまとめに向けて嬉野温泉全体が協力して動き出すことだ。そのためには、これまでこの問題の対応の中心となってきた源泉所有者会議と嬉野市が、温泉保護のために重要な情報である源泉別揚湯量情報を公開するルールを設定し、源泉を所有しない温泉事業者らと協力できる体制を作るべきだ。

 源泉を所有するかしないかを問わず、すべての事業者が一丸となって嬉野温泉の発展に貢献できるような、建設的な解決策が決定され、来るべき冬の繁忙期を嬉野温泉全体で明るく乗り越えられることを希望する。

【寺村朋輝】

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