石破首相のベトナム、フィリピン訪問の成果と課題(前)

国際未来科学研究所
代表 浜田和幸 氏

 トランプ大統領の“関税砲”に振り回されている石破首相ですが、夫人とともに4月27日~30日の日程で、ベトナムとフィリピンを訪問しました。新年早々、アセアンの議長国のマレーシアと、世界4位の人口を誇りBRICSにも加盟したばかりのインドネシアを駆け足で訪問した石破首相ですが、それに続く、東南アジア歴訪というわけです。連休を利用しての外遊は政治家の特権でしょうが、対米交渉は側近の赤沢大臣に任せ、自分は近場のベトナムとフィリピンを駆け足で巡ったわけですが、その目的は何だったのでしょうか?実は、トランプ大統領へのお土産づくりに他なりません。

ベトナム・フィリピンへ防衛支援で中露を牽制

 石破首相は、訪問先のベトナムで、防衛装備品などを同志国に無償で供与する「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の対象国とする方針を伝えました。また、フィリピンでは「機密情報共有のための軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」締結に向けた協議開始で合意するに至った模様です。

 ベトナムもフィリピンも南シナ海で中国との領有権問題や海底資源の開発権をめぐる対立状態にあるため、石破首相は両国を支援するという名目で、アメリカ製の武器や装備品を提供するという段取りに腐心したわけです。

 日本政府とすれば、東シナ海や南シナ海で軍事的活動を活発化させている中国の動きを念頭に、「東南アジア諸国との防衛協力を強化したい」という触れ込みですが、本音はアメリカからの軍需物資の輸入を増やし、次回、トランプ大統領と会う時のお土産にしようという魂胆が見え隠れしていました。

 背景にあるのは、トランプ政権による一方的な関税措置を受け、対米不信感が世界でもアジアでも広がるなか、中国の習近平国家主席がベトナムやマレーシアなどアセアン諸国を積極的に訪問し、脱アメリカの連合体を構築しようとしている動きが影響しています。

 要は、アメリカの意向を忖度せざるを得ない石破政権とすれば、トランプ政権が掲げる「中国脅威論」に乗っかり、中国と対抗する姿勢を見せているベトナムやフィリピンに日本経由でアメリカ製の軍需物資を送り届けようという算段に傾いているわけです。

米中対立の狭間で揺れる日本外交

 とはいえ、東南アジア諸国にとっても日本にとっても中国が最大の貿易相手国であるため、表立って中国と衝突することは避けたいのが本音。そのため、北京を訪問した公明党の斎藤代表に習近平国家主席宛ての親書を託したわけです。その後、同様に中国を訪問した山口前代表にも日中関係の改善に向けてのメッセージを託しています。

 日本とすれば中国とアメリカの双方に配慮した「バランス外交」を目指しているのですが、こうした努力はどこまで実を結ぶことになったのでしょうか? 

 石破首相はフィリピンではマルコス大統領と会談し、燃料や弾薬の融通を可能にする「物品役務相互提供協定(ACSA)」締結に向けた交渉入りについても合意しました。その見返りに、日本はフィリピンから南シナ海での中国軍の動静に関する軍事情報の提供を受ける協定にも署名しました。

 石破首相はベトナムでは初対面となるトー・ラム共産党書記長をはじめ最高幹部と会談しました。OSAを通じた支援策を提示し、年度内にも具体的な協力内容を織り込んだ覚書の締結に至りたいとの考えをしたためてのことです。日越両国が共同国家プロジェクトとしてハノイに設立した「日越大学」も訪問し、人材育成における日越協力を重視する姿勢をアピールしました。

 また、1月には岩屋毅外相、2月には中谷元防衛相がフィリピンを訪問し、日比間の安保協力は急速に深まっており、フィリピンの軍事アカデミー(PMA)からは日本の防衛大学校に将来の幹部候補生が留学するなど、人的交流も加速しています。その延長線上で、日米比3カ国の連携が加速しているわけです。

 マルコス・ジュニア大統領は「日比関係は黄金時代を迎えた」と石破首相の訪問を歓迎する姿勢を内外に示したものです。日本はフィリピンに対しては沿岸監視レーダーシステムや警備艇などをこれまで無償で提供しています。

軍事演習と地域連携で強まる対中包囲網

 そして、折しも、40回目となるアメリカ主導の米比合同軍事演習「バリカタン」がフィリピン北部を中心に過去最大規模で展開されていました。これは「台湾有事」を想定したもので、日本もオーストラリアも部隊を派遣していますし、英仏独などNATOの主要国もこぞってオブザーバー参加しています。

 注目すべきは、アメリカ、韓国、インド製の最先端のミサイル兵器が実戦さながらに導入されていることです。とくに、アメリカ製のNMESIS対艦ミサイルシステムは初めてフィリピンでお披露目されたもので、中国軍の台湾攻撃を想定した抑止力のデモンストレーションに他なりません。

 石破首相はマニラにおいても、「アメリカの関税措置の影響を分析し、フィリピンやアジア諸国と対応策を模索する」と述べていますが、安全保障の観点で見れば、アメリカ主導の対中包囲網の形成に邁進しているようです。

 フィリピンは世界有数の火山国で、近年は24の活火山が活動を活発化させ、地震と噴火が絶えません。国内で防災省を提言している石破首相であれば、フィリピンなど近隣諸国の自然災害に対する防災、減災、救援に向けての協力体制の構築にも尽力してほしいものです。

(つづく)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

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