【クローズアップ】人生100年時代の「住まいと健康」エビデンスによる差別化の重要性増す
住宅の在り方と居住者の健康に関連性があることは、古くから経験則として認知されてきた。だが今、それは「人生100年時代」の到来、情報技術の進展などにより、住まいの改善が居住者に具体的にどのような効果を提供できるのか、エビデンス(科学的根拠)をもって明らかにされようとしている。そして、それに基づく住まい提案が差別化のポイントとして重要度を増している。
製薬会社とタッグ
直近で、住まいと健康に関連する興味深く象徴的な動きがあったので、最初に紹介しておきたい。それは、熊本県や福岡県などで戸建住宅を供給する(株)Lib Work(熊本県山鹿市、瀬口力代表)が4月26日、(株)再春館製薬所(熊本県上益城郡、西川正明代表)と共同開発した「再春館製薬所の家(Positive Age House)」を発売したこと。同じ熊本県に本社を置く企業同士であることももちろんだが、何より住宅事業者と製薬会社がタッグを組むことが、おそらく日本の住宅史において初のケースでありユニークだ。人生100年時代といわれるように超高齢化社会が到来するなか、高まりを見せる人々の健康志向がこのようなかたちになって現れたともいえ、時代を象徴するものと指摘できる。

発売当日にオープンしたモデルハウス(同県合志市)は、「人間が生まれながらにもつ、元の状態に戻ろうとする力を鍛える自己回復力を引き出す住まいとして設計。『長く、すこやかに、美しく、いつまでも自分らしく生きる』こと」をテーマとする。具体的には、人の生体リズムに合わせて、照明の色温度や明るさを変化させる「サーカディアン照明」を導入するなど、光や風の自然のリズムを住まいに取り込み、心地良い生活サイクルを生み出す工夫が盛り込まれている。
フローリングには、さざ波のような凹凸のある「なぐり床」を採用し、足裏を心地良く刺激。外気浴を可能とする浴室と、それとつながるヒノキ材を使ったバルコニー、暖炉を備えた空間など、暮らしのなかで人の五感を刺激する住まいを演出している。こうした演出により、具体的な健康の状態を示す数値などがどのくらい変化、改善するのかなどが検証されれば、より消費者に強く訴えかける商品になりそうだ。
「医師が推奨する住まい」などといったキャッチフレーズを用い、医療関係者の意見を取り入れたとする提案はかねてよりあった。ただ、このケースでも「冬に暖かい住宅はヒートショックの予防効果があります」などとの説明にとどまることが一般的だった。つまり、その予防効果が具体的にどれくらいあるのか、発症する確率がどれくらい変わるのか、などといった内容に触れられることはなかった。
また、「健康素材」を謳う事例もあるが、これについても効果が曖昧なケースもいまだによく見られる。これはシックハウス症候群が社会問題化したことを受け、2003年の建築基準法改正により、新築や改築された建物において、ホルムアルデヒドなどの化学物質の室内濃度が一定基準以下でなければならないことが義務づけられた際から、基準値以下の建材をそう表現することになった。しかし、採用することで具体的にどれくらい発症リスクを抑えられるのかなど、身体への影響を計測値で示す事例は少なかった。
「健康寿命」伸ばす住宅
「芙蓉ホーム」のブランド名で、福岡県内で戸建住宅事業を展開する芙蓉ディベロップメント(株)(福岡市博多区、前田俊輔代表)は22年8月、「健康寿命延伸住宅」を商品化した。健康寿命は、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間のこと。同商品は快適な温湿度を制御する機能を備えつつ、生体データに基づき居住者の健康維持を支援し、健康状態を改善するためのアドバイスなどを組み合わせて提供するものだ。
同社のグループには病院や介護施設が傘下に入っており、グループ内で健康管理システム「ヘルスコアシステム」を開発し、病院や介護施設で同システムを利用してきた。同システムは、ユーザーが測定した体温や血圧、脈拍、血中酸素飽和度のデータを統計学的に解析する機能がベース。測定値は携帯アプリなどに健康リスクを3段階でわかりやすく表示される。すでに導入していた介護施設で健康管理システムの精度を確認したところ、健康リスクが赤(高い)と表示された高齢者の95%が、実際に入院や服薬が必要だったなどという事例を示している。
芙蓉ホームがこの商品を開発するなかで、大きな位置づけを占めたのが、住居と健康の関連性を長年研究している慶應義塾大学の伊香賀俊治名誉教授(成果が発表された22年当時は理工学部教授)などと共同で実施した研究だ。全国70棟で暮らす人たちを対象にしたもので、たとえば断熱強化を実施した「温暖住宅群」と、実施していない「寒冷住宅群」では健康寿命が4歳延長されるなどの検証結果を提示している。

非接触で状態を把握
芙蓉ホームの事例では、体温計など各種デバイスを用いて居住者自らがデータを入力する必要があり、三日坊主的な人ではシステムの継続活用が難しく、利用する効果が期待しづらいという側面がある。一方で、住宅内に設置したセンサーによって居住者の状態を非接触で検知・解析する、居住者の性格に頼らない仕組みの開発を進めている事例がある。大手ハウスメーカーの積水ハウス(株)(大阪市、仲井嘉浩代表)による「HED-Net」というネットワークで、脳卒中や心筋梗塞などを発症した居住者に対して、早期に発見し救急対応するものだ。
具体的には、症状を発症した居住者を検知し、スピーカーでの呼びかけに反応しない場合には、救急車を手配し、住居の解錠・施錠などを行うというスキーム。まだ、本格実装に関するアナウンスはなく、実証実験を進めている段階と見られる。しかし、これはセンサーやAIなどを含むICT技術の発展がなせる技であり、それらの発展がさらに進めば、「住まいと健康」の分野で新たな在り方を創出する可能性が期待できるものだ。
木のうつ病改善効果
「木は人に優しい」などという表現も長く謳われてきた。日本の戸建住宅の約8割を木造住宅が占めるとされており、鉄骨造やRC造との差別化のために頻繁に使われてきたことが、その背景にあるが、これについてもこれまで感覚論で語られることが多かった。しかし近年、さまざまな角度から科学的な検証が行われるようになってきた。たとえば、木質内装材とその香りに「ストレス軽減効果がある」といわれる点に関してだ。
住友林業(株)(東京都千代田区、光吉敏郎代表)は24年7月に、東京慈恵会医科大学などと共同で行った、「うつ病に対する木の効果解明研究の成果」を発表。研究は木質化した心理療法室と通常の心理療法室の比較で、前者においてより高い効果が見られたというものだ。具体的には、ハミルトンうつ病患者20名を前者と後者に分け、室内の好ましさの測定を行ったところ、香りの好ましさの7段階評価において、後者の0点に対して前者は0.889点と有意に高く、好印象につながったとしている。
異業種に新規参入の余地
住宅事業者が健康に関するエビデンスを重視するようになったのは、住宅市場の縮小傾向が強まり同業他社との競争が激化し、差別化をより強く求められるようになったことが背景にある。とくに、断熱性能など、これまで一般的だった性能値では差別化が難しくなったこと、そしてより付加価値を高めることを狙いに、これまで検証が進んでいなかった健康についてのエビデンスの提示が重要度を増すようになったという経緯がある。
ただ、企業規模や専門人材が確保できないなどという理由で、中小住宅事業者には異業種との連携や独自の調査・研究ができないケースもあるだろう。そうした場合には、公的機関によるものなどを積極的に活用したいものだ。たとえば、前出の芙蓉ホームの取り組みのベースになった調査は、「国土交通省サステナブル建築物等先導事業」の補助金を受けたもので、広く情報が公開されており、多くの事業者にとって役立てられやすい。
このほか、一例を挙げると(公財)日本住宅・木造技術センター)の調査「木造校舎の教育環境―校舎建築材料が子ども・教師・教育活動におよぼす影響」という調査などもある。これは、木造校舎とRC校舎との比較で、児童のインフルエンザによる学級閉鎖数を比較したものだが、木造校舎はコンクリート校舎の約3分の1という調査結果が明らかにされている。中小事業者はこのようなわかりやすいエビデンスを収集し、消費者に訴えかけることが必要だ。
もう1ついえるのが、住まいと健康に関する分野には、新規参入の余地が多くあるということだ。どういうかたちが適正なのかは置くとして、Lib Workによる製薬会社とのコラボレーションの事例のように、これまでにない異業種が参入することもあってよい。芙蓉ホームの事例では、医療機関や介護施設の地域の運営事業者などにも参入のチャンスがあることを表している。
積水ハウスが取り組んでいる緊急対応システムにはセンサーやAIの技術が不可欠。これらの進展やシステム全体を改善できるような事業者の存在が強く求められている。これはより広く見ると「スマートホーム」と呼ばれる分野だが、世界的に見てもメインプレイヤーが存在しない状況である。
いずれにせよ、住まいは人々の暮らしの場であり、超高齢化社会への対応などという社会問題への対応は、既存の住宅事業者の知見だけでは手に負えない状況となっている。新たな参入者・アイデアが今後ますます求められる状況だ。
【田中直輝】