知られざるフランスの国家破綻的危機 日本にとっても他人事ではない(後)
国際未来科学研究所
代表 浜田和幸 氏
フランスは近隣諸国と比べても、公共サービスや交通機関、教育制度は概して優秀です。マクロン氏は民間投資とテクノロジー部門を目に見えて活性化させてきましたし、経済成長は少なくとも英国やドイツよりはましだったといえます。いうまでもなく、フランスは住みやすく、生活費も手ごろな方だったはずです。ところが、フランスは今や混乱の真っただ中にあります。
債務の時代 増大する破綻リスク
マクロン政権下で、フランスは財政面で危機に瀕することになりました。マクロン時代のみじめな終わりからは教訓を3つほど引き出せるかもしれません。
1つ目は、主要経済国はいまや完全に「債務の時代」に突入しているということ。これは債務の影響が政治情勢や金融市場、地政学的状況、社会全体におよび、それらを左右する時代を指します。世界の経済大国がこれほど債務依存を深めたことは、かつてなかったことです。しかも複数の国が同時にそうなっているために、今後、債務の削減を進めていく場合、さらに大きな混乱をともなうことが予想されます。
米国のトランプ政権は債務をめぐるこうした問題を認識しており、政府の債務負担をより持続可能なものにしようと、極めてリスクの高い手段をとろうとしています。英国では自国の財政の脆弱さは広く認識されているものの、政策当局者はこの問題への対処で相変わらずリスク回避姿勢が強いまま。フランスは、同様の脆弱性を認めようとすらしておらず、これは調整時の痛みをますます大きくするだけです。
主体性が問われる中道政党と欧州
2つ目の教訓は、世界でだんだん減ってきている民主制国家で活動する中道政党に向けたものです。旧来のグローバル化された秩序がほころび、大国が欧州情勢に干渉するなか、中道政権は移民問題や債務問題、地政学的問題に対して、真正面から、もっと積極的に取り組む必要があります。そうしなければ、周辺の政党がその無為無策につけ込み、さらに勢力を伸ばすことになるからです。中道勢力が思い切った改革に踏み出せば、欧州の政治の進め方はがらりと変わるでしょうし、その先に、より統一的な政治風景が現れることになる可能性はあります。
3つ目の教訓は、あくまで欧州に関するものとはいえ、日本にも響くところがあることです。何かといえば、欧州は自分たちの運命に関する方向性の主導権を握り、その内容を大胆に変えていく必要があるということ。欧州の指導者たちはこれまで、ホワイトハウスの要求やクレムリンの暴力に対してあまりに受動的だったといえます。日本にも当てはまるはずです。
もちろん、問題は、そうした新機軸を支えるための財源をどう確保するかにあることは論を待ちません。残念ながら、マクロン大統領が新首相を任命するまさにその瞬間、フランスは例年通り、あらゆる種類のデモと封鎖の渦に巻き込まれていきました。「すべてを封鎖しよう!」が、この動員のスローガンです。封鎖に関しては、フランスは百戦錬磨といえます。しかし、喫緊の課題は、国を封鎖することよりも、いかに国民を納得させ、封鎖を解除することではないでしょうか。
揺れるフランス社会 民衆蜂起の行方
この9月10日水曜日の動員は、ソーシャルメディア上で数週間前から計画されていました。その目的は、国を麻痺させ、指導者たちに、国内にくすぶる根深い不満を改めて強く示すことにほかなりません。封鎖を求める声は強まるばかりで、都市部や地方の道路、高速道路、環状交差点の封鎖、交通機関の封鎖、銀行の封鎖によるカード取引のボイコットや多額の現金引き出しの呼びかけなど多岐にわたりました。全国で20万人以上がデモに参加した模様です。国内の分断と分裂は厳しさを増すばかりです。
もちろん、フランスが完全に機能停止状態に陥ったわけではありません。数週間前にこの「すべてを封鎖せよ」運動が開始された時点では、世界最高水準の税率で賄われているにもかかわらず、国民の苦悩に対処できず、国の貧困化から犯罪の蔓延、はたまた公共サービスの崩壊に至るまで、多くの課題に取り組むことができない政府の怠慢に憤る全国的な民衆蜂起へと発展するだろうと思われました。しかし、そこまでの段階には至っていません。
ある意味では、18年にほぼすべてのものを一掃した「黄色いベスト」運動の高まりとは大きく異なっていました。当時の「黄色いベスト」運動では、フランス国旗以外の旗をデモで掲げることが要求されていたほどで、まさにフランスの終わりを暗示していました。25年9月10日には、そのようなことは起こらず、赤旗が大量に掲げられ、理由は不明ですがパレスチナ国旗も掲げられた程度です。
しかし、不満を抱える人々の効果的な連合を今後は期待できるのでしょうか?街頭に繰り出した不満を抱える人々の怒りや不満が解消されるメドは立っていません。プロの封鎖主義者たちは、国家の介入、増税、移民の受け入れを強く要求しています。彼らの反乱は表面的なものにすぎません。無責任な若手活動家の集団に支えられ、彼らは国を着実に破産へと導いていると言わざるを得ません。日本が同じ轍を踏まないことが望まれます。
(了)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。