タワマン大規模修繕工事をむさぼる長谷工リフォーム その手口の実態(1)怪しい住人

AMT一級建築士事務所代表
都甲栄充 氏

 タワーマンションの住民がこつこつと貯めた修繕積立金に忍び寄り、群がろうとする建設業者がいる。社員がタワマンへ寄生虫のように棲み入り、大規模修繕工事の受発注をコントロールするのだ。最終的に、管理組合の一員として入札業者による談合に「天の声」を発するといった手法の一端が、公正取引委員会の調査や朝日新聞の特ダネに端を発したマスコミ報道によって、明らかにされた。
 (株)AMT一級建築士事務所(東京)の都甲栄充代表による新たな「事件簿」は、渦中のタワマンの顧問建築士として、大手の長谷工リフォーム(東京都、以下「長谷工リ」)と対峙して談合を排除し、住民側に1億6,000万円もの『利益』をもたらした攻防の全容である。当事者だからこそ語れる、渾身のリポートをご紹介する。【全4回】

修繕委員に立候補

 東京都の中心部にそびえる地上30階、500戸ほどのタワーマンションに、大規模修繕工事のコンサルタント専門会社の幹部Xが越してきたのは、大規模修繕工事に向けた手続きが始まる3年ほど前だった。

 タワマンということもあって隣近所との付き合いもなく、とくに目立ったトラブルもないまま月日が流れた。その存在が明らかになったのは、大規模修繕工事に向けた修繕委員会の初会合であった。

舞台となったタワーマンションの外観
舞台となったタワーマンションの外観

 修繕委員会は、管理組合の副理事長・理事が修繕委員長となり、ほかに3人の委員で構成することになっていた。委員3人は立候補制だったが、想像していただければ分かる通り、一般の住民が、自分の仕事とは別に修繕委員を務めることは「負担」でしかなく、普通なら、立候補する住民はいない。

 だが、このタワマンは普通と違って、3人の住民が立候補した。そのうちの1人が「X」だった。

 Xは、委員会の初会合で潔く身分を明かし、このように語った。
「私は大規模修繕工事のコンサルティングを手がける大手コンサルタント会社に勤めている。私の会社はこの工事の受注に関与しないで、1住民としてアドバイスします。管理組合にその旨の『誓約書』も出します」

 竣工後2年目の13年前から、マンション側の顧問建築士を務めていた私は、ピンときた。建設業界の大成建設と住友不動産で34年技術者としてしのぎを削ってきた経験から、直感でXの立候補に疑念をもった。業界関係者が、何の利害もなく動くはずがないと…。

 初会合は、挨拶程度で終了した。このとき、もう1人の立候補者が出席していて、不動産業界の関係者と名乗った。3人目の立候補者であるYは、欠席だった。

コンサルタント会社を排除

 修繕委員の大事な仕事の1つが、工事の見積もりに参加できる業者をどう選ぶかの条件づくりだ。一般のマンションの修繕委員ならば、この段階で、コンサルタント会社を選んで丸投げしてしまう。こうして丸投げすると、あとはコンサルタント会社が条件を考え、談合に応じる修繕業者を選定し、「天の声」を発して終わりだ。管理組合は、こつこつと貯めてきた修繕積立金をしゃぶり尽くされてしまう。

 私が顧問建築士を務めていたこのマンションの場合、修繕委員に立候補したXが怪しかった。Xの息のかかった別の修繕業者を選定し、あとは、彼らの思うつぼとなってしまうことを恐れた。

 次に、私が関わったこのマンションと一般のマンションの違いは、修繕委員が選任されるよりもずっと前から、私が顧問建築士に選任されていたことだ。私は、顧問建築士としてこの大修繕工事に関わりコンサルティングを行うことで、他のコンサルタント会社が入り込む余地をなくそうと考えていた。

 そして、今回の大規模修繕工事について管理組合へ助言するにあたり、私は顧問建築士として理事たちと前もって『大事な基本方針』を共有していた。それは『タワマンの大規模修繕工事から談合を排除して、適正な価格できちんとした工事を実施させるモデルケースにする』ということであった。

A案 VS B案

 コンサルタント会社に代わって私が考えた見積もり参加条件「A案」に対し、Xは修繕委員会に「B案」を提出してきた。

A案
A案
B案
B案

 私が考えた「A案」(写真)と「B案」(写真)の主な違いは、B案のほうが参加条件をより厳しくしていることだった。B案を満たす業者は、業界にも数社しかいないと思われた。見積もりに参加できる業者が少なければ少ないほど談合を行いやすいことが、当然の前提の「B案」である。

 両案の違いは以下の通りで、B案はA案に追加するかたちで出された(網掛けが、B案で追加された部分)。

  • 関東圏に本社または支店があり、総売上の60%以上が分譲マンション大規模修繕工事の専門会社であること
  • 直近3年間で1件1億円以上の分譲マンション大規模修繕工事の元請実績10件以上およびタワーマンション(25階以上)の元請施工実績があること
  • 現場代理人は一級建築士または一級建築施工管理技士かつマンション大規模修繕工事において10年以上の実務経験があること
  • ISO9001および14001の認証を取得していること

 Xが条件を厳しくした理由は「バルコニー工事を含む大規模修繕工事では、安全、品質管理の他に居住者対応に優れた会社、経験のある会社を選定する必要があるため」だった。

 Xの提案にも一理はあった。しかし、今回の大規模修繕工事は、B案の条件を満たす会社でなければできないというものではなかった。A案の条件を満たす会社がB案を満たしていなくても、「品質管理、居住者対応、経験」の条件を満たす会社は存在するからだ。

 それ以上に気になったのは、「元請」の追加記述と「ISO」の認証取得の部分だった。

 この条件が当たり前になってしまえば、一部の大手の会社だけ、言い換えれば「勝ち組」だけがいつまでも勝ち続ける状態が続き、適正な競争が働き難しくなってしまうことが容易に推測できた。さらにいえば、勝ち組だけがますます施工実績が上がり、見事なホームページに掲載されて、素人にはその情報を疑う余地もない、ということもまた自明の理であった。

 結局、修繕委員会からは「A案」と「B案」の両方を理事会に提出することとなった。そして、理事会は、後日私が作成した「A案」を採用した。

 理事会がA案を採用したことによって、より多くの修繕工事業者に見積もり参加の門戸が開かれた。

 だが、実際にはこれだけでは不十分であった。次回は、『水面下でうごめいた特定の業者を受注させようとする談合の実態』を報告する。

(つづく)


<プロフィール>
都甲栄充
(とこう・ひでみつ)
 福岡県北九州市生まれ、明治大学工学部卒業。大成建設(株)、住友不動産(株)を経て、2009年に(株)AMT一級建築士事務所を開設。主な資格は、一級建築士、管理建築士、一級建築施工管理技士、宅地建物取引士、管理業務主任者、監理技術者、特定建築物定期調査員。(一社)日本建築学会司法支援建築会議・元会員、東京地方裁判所・元民事調停委員(建築裁判専門)、(一社)日本マンション学会・元会員、八王子市マンション管理組合連絡会・元会長。

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