タワマン大規模修繕工事をむさぼる長谷工リフォーム その手口の実態(4)業界の噂と住民の利益
AMT一級建築士事務所代表
都甲栄充 氏
タワーマンションの大規模修繕工事をめぐる、建設業者とマンション管理組合の攻防を描く(株)AMT一級建築士事務所(東京)の都甲栄充代表による「事件簿シリーズ」(タワマン編)の最終回では、問題の概要を振り返りながら、住民側の『防御策』を示す。
噂
まずは全体像を把握するため、業界でささやかれている「噂」を紹介する。
大規模修繕工事のキーマンとなるコンサルタント会社の社員が、修繕工事の開始予定時期の数年前にマンションの1室を購入する。コンサルタント会社の社員が「修繕委員」に立候補した後、入札希望業者の新聞公募に厳しい条件を提案して応募できる会社を大手に限定したうえで、事前に応募業者のなかから落札予定業者を決め、その落札予定業者にマンション側の予算額となる工事費を算出させる。さらに、他の見積もり応募業者に、自分がコンサルタント会社から指名を受けた落札業者である旨を説得して、談合への協力を求める。
コンサルタント会社の社員は、修繕委員として「天の声」を発する。落札業者は、事前に自分たちが算出したマンション予算額(落札額の上限相当)の9割程度の金額で管理組合と契約を締結する。コンサルタント会社は落札額の5%程度を落札した業者から「キックバック」として受け取る。
すべてが終わると、コンサルタント会社の社員はマンションを売却し、新たな「寄生先」となるマンションを購入して転居する。
私が顧問建築士を務めたタワマンの大規模修繕工事では、こうした噂のすべてが現実に起こった訳ではなく、いくつかの共通点が垣間見えた程度だ。売買価格が下がらないタワマンだからこそ可能なスキームであることは、確かであろう。
朝日新聞がスクープした手法は、もう少し手荒な方法だった。それは、マンション住民らの近所付き合いが希薄なことを利用し、住民ではないコンサルタント会社の社員が、住民を装って「修繕委員」になるというものだった。
一斉摘発
公正取引委員会が2025年3月、マンションの大規模修繕工事をめぐって独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで調査する内容も、工事の入札や見積もり合わせにおいて工事会社が談合して、本来よりも高い金額で受注調整をして、マンション管理組合に不利益を与えていたという疑惑だ。
日経クロステックによると、公取が立ち入り検査したのは、長谷工リフォーム(以下長谷工リ)、建設塗装工業、シンヨー、大和、中村塗装店、日装・ツツミワークス、富士防、リノ・ハピア、YKKAPラクシーなど30社近くに上る。
さらに私が関係者に聴いたところでは、私が顧問建築士を務めているマンションの修繕委員に立候補したXが勤めるコンサルタント会社も、検査の対象になっているという。
住民側の「防御策」
最後に、マンション住民が建設業者の「食い物」にされないため、大規模修繕工事の流れに沿った「防御策」を段階的に紹介する。
① コンサルタント会社の選出
住民側が注意してほしいことは、インターネットの検索で出てくる企業が、有名企業で安心できるとは限らない点だ。公取の調査対象には、大手や有名企業も入っている。管理組合として普段から信頼できる建築士と付き合いアドバイスを受けることで、コンサルタント会社の言いなりになることは避けられる。
② 修繕委員会
修繕委員の選出には、最善の注意を払ってほしい。工事に関してコンサルタント会社と並んでさまざまなことを決定する権限があるからだ。
職業や身元確認などを徹底して行う必要がある。顧問建築士として関与したタワマンでは、身分を隠して長谷工リの元社員が修繕委員となり、見積もり参加条件の決定などに関してさまざまな要求を突きつけてきた。
素人の住民にとって、知識と経験の豊富な住民が修繕委員になると心強い面もあるだろう。だが、その場合も背後に利害関係が潜んでいないか、理にかなわない要求が入り込んでいないか、細心の注意を払うことが必要である。
③ 公募、見積もり提出、ヒアリング
住民の修繕積立金に群がろうとするのは、談合をする業者だけとは限らない。不当な安さで工事を受注して、手抜き工事で終わらせようとする業者への注意も必要だ。また、経営が悪化している会社が「ダンピング」をして工事を受注しようとすることもある。
こうした会社を見極めるには、過去3年間の会社の「財務諸表」を提出させて、「営業利益」に対する金融機関へ支払う金利などの「営業外損益」の推移を調べることが効果的だ。営業利益に対する営業外損益の比率が急上昇している会社は、「借入金が膨らんで業績が悪化」しているはずなので、見積もり金額が低くても、工事を発注しない方が賢明であろう。
また、見積もり金額の妥当性だけでなく、工事を完遂する能力があるかどうかを見定めるためにも、業者の工事歴、事故歴の精査に加え、現場代理人への、より具体的なヒアリングも必要だ。このヒアリングは、知識のない住民だけで実施しても不十分なので、経験豊富な建築士らの知識と経験を借りることが得策である。
できれば、外部の専門家を「有償で」理事に選任したり「報酬を支払って」顧問建築士に委嘱したりして、ヒアリングはもちろん、大規模修繕工事の計画全体に、専門家として継続的に関与してもらうことが望ましい。
④ 工事監理
実際の工事が始まってからの「監理」も重要だ。工事内容に管理監督が行き届かなければ、表面だけが整った「はりぼて」のような工事がされてしまう可能性さえある。
やはり、工事監理者は設計の専門家ではなくて、工事現場の経験者の方が適任であろう。
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政府の統計などから推計されるマンションに住む日本人の人口は約1,500万人に上る。人口の1割以上が住むマンションの大規模修繕工事において不正競争がまん延してしまえば、国民が受ける不利益は計り知れない。
マンションの管理に関しては歴史が浅く、国や都道府県による制度設計が十分とはいえないのが現状だ。大規模修繕工事では、知識と情報量において、住民側と建設会社側に圧倒的な差があり、住民は業者の言いなりになりかねない危険をはらんでいる。住民の財産を守り、適正な取引を実現するためにも、実態に即した新たな制度設計が求められている。
(了)
<プロフィール>
都甲栄充(とこう・ひでみつ)
福岡県北九州市生まれ、明治大学工学部卒業。大成建設(株)、住友不動産(株)を経て、2009年に(株)AMT一級建築士事務所を開設。主な資格は、一級建築士、管理建築士、一級建築施工管理技士、宅地建物取引士、管理業務主任者、監理技術者、特定建築物定期調査員。(一社)日本建築学会司法支援建築会議・元会員、東京地方裁判所・元民事調停委員(建築裁判専門)、(一社)日本マンション学会・元会員、八王子市マンション管理組合連絡会・元会長。