竹原信一緊急寄稿(3)腐敗を保護する言葉たち~安心の衣をまとった欺瞞の語彙集
阿久根市議会議員 竹原信一
中央政界が新たな転換点を迎え、政治構造が大きく揺らいでいる。そんななか、かつて鹿児島県阿久根市政を刷新し、地方から政治のあり方を問い続けた竹原信一氏から緊急寄稿を頂いた。
日本の民主主義の在り方に大きな疑問符を投げかけてきた異色の元市長が、中央政界の激変に直面した日本国民に向けたメッセージを、連載してお届けする。
1. 安心
最も人間的な願いに見えて、最も人間を劣化させる言葉。「安心」とは、危険の不在ではなく、思考の停止を意味する。人々は安心を得た瞬間、観察をやめ、現実を信仰に変える。社会はこの「安心」を報酬として与え、服従を買う。
2. 理解
理解とは、他者や出来事を「わかった」と思い込むための装置。本当の理解は不安をともなうが、形式社会では「理解できたこと」が安心の証明になる。こうして言葉は、思考を閉じるためのふたとして使われる。
3. 誇り
誇りは、かつては内なる矜持を指した。だが今は、集団の同一化を促す同調の印章になっている。
「日本人としての誇り」「職業人としての誇り」――その多くは、批判されぬための防具であり、腐敗を「文化」として温存する役目をはたす。
4. 努力
努力は、行為の純粋さではなく、服従の持続を意味するようになった。目的を問わない努力は、形式への祈りに変わる。社会は“努力する者”を褒め、“考える者”を嫌う。努力が多い場所ほど、思考は減衰する。
5. 協調
協調は、真の共感ではなく、同調圧力の柔らかい名前である。表面的な調和が保たれるほど、内部の矛盾は見えなくなる。腐敗はいつも、静かで穏やかな顔をして進行する。
6. 信頼
信頼とは、疑う力を放棄することではない。だがこの社会でいう「信頼」とは、ほとんどの場合「監視の不要化」を意味する。疑わないことが美徳とされるとき、権力は姿を消して全能化する。
7. 絆
感動と涙で飾られた束縛の語彙。本来の人間関係の流動性を否定し、「つながりの維持」を道徳として強制する。腐敗した共同体ほど、この言葉を多用する。
8. 伝統
保つべきものが“価値”から“形”へとすり替えられた。「伝統」はすでに、思考停止の免罪符である。それを批判する者は「不遜」とされ、形式は永遠の正当性を得る。
9. 責任
現代の責任は、行為の内省ではなく、「誰に報告したか」「どの手続きを踏んだか」に置き換わった。つまり、責任とは自己正当化の履歴書になった。その形式的責任が、実質的な無責任を覆う。
10. 善意
善意ほど危険なものはない。人々が「良かれと思って」行うとき、その思考は最も盲目的になる。善意は腐敗の最上層で微笑み、加害を愛のかたちに偽装する。
11. 希望
希望とは、本来「未知への開放」である。だが多くの人が抱く希望は、不安の否定にすぎない。希望という名の逃避が、現実を見ない力を育てる。社会は人々を絶望からではなく、希望によって眠らせる。
12. 秩序
秩序とは、権力が安心を管理する構造。不正は秩序のなかでしか成立しない。秩序が強化されるたびに、自由は“騒音”として削除される。
13. 愛国
愛国は、他者への暴力を正当化する最も洗練された言葉。それは個人の徳ではなく、国家の防衛本能である。
愛の名を借りた支配、それがこの言葉の長寿の理由だ。
14. 安全
安全は、恐怖を統治するための制度語。「危険を避ける」ではなく、「従うこと」を安全と呼ぶ。
安全が強調される場所ほど、自由は縮む。安全のためにつくられたおりは、最も美しい牢獄である。
15. 平和
平和とは、戦争の不在ではなく、意識の停止である場合がある。「平和を守る」という言葉は、権力が自己の秩序を維持する宣誓に過ぎない。本当の平和は、誰かの不安の上に成り立たない。
結語──「腐敗は、言葉の衣を着て歩く」
腐敗は暴力としてではなく、言葉の温もりとして社会に溶け込む。誰もがその言葉を口にし、互いに褒め合いながら、現実を見なくて済むようにしている。
そして、それを指摘する者は「冷たい」「非協力的」「危険」と呼ばれる。だが真実を語る言葉は、いつも冷たく、不安定で、不人気である。
言葉を取り戻すこと。それが、腐敗から抜け出す最初の発明である。
(つづく)